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「忍術」ではなく「忍法」を使い始めたのは吉川英治が最初か

 歴史小説家にとっては、「時代考証」などと大上段に構えなくても、それに類する意識や知識は、物語を描くうえで必須の素養である。では、日本人に大きな影響を与えた人気作家たちの場合はどうだったか。『時代考証学ことはじめ』などの著書がある編集プロダクション三猿舎代表・安田清人氏が解説する。

 * * *
 山田風太郎(やまだ・ふうたろう 1922~2001)は、生まれ年は司馬遼太郎と一年違いだが、その作風は対極に位置するものと見なされてきた。医大生の時に書いた小説が懸賞に入選してデビューを飾り、推理小説を皮切りに伝奇小説、歴史・時代小説にも異彩を放つ。『甲賀忍法帖』をはじめとする忍法帖シリーズでは次々とベストセラーを生み出し、戦後を代表する大衆小説作家として名を刻まれることになった。

 作家としての評価全般については、さまざまな文学史の叙述においてなされるだろうが、歴史劇・時代劇の視点からみたとき、山田風太郎は、司馬や池波正太郎、藤沢周平らビッグ3にも劣らぬ存在感と後世への影響を残したと評価できる。

 忍法帖という切り口からして明らかなように、山田風太郎の歴史・時代小説は、歴史上の(著名な)人物や事件を、史実に則して描くというスタイルではない。あくまでもそれらを素材として使い、あるいはまったく架空の人物・事件を、歴史上のある時代に登場させて縦横無尽の活躍をさせる。

 そもそも「忍法」という言葉自体がフィクションだ。従来は「忍術」の語を用いていたのを、山田風太郎当人の言によれば、吉川英治が初めて「忍法」という、よりミステリアスな言葉に置き換えたのだという。

 風太郎作品に、「明治もの」と呼ばれる一群がある。明治初期を舞台に、歴史上のお馴染みの面々(三遊亭円朝、川上音二郎、大山巌……)が、事実としてはありえなかったであろう交流を持つという物語の構えで、彼らが史実として確認される行動の範囲外でさまざまな活躍を見せるというところに、史実と虚構との間を自由に往還する妙味がある。

 もちろん徹底して史料に当たり、リアリティを確保しているからこそ、虚構の部分を存分に楽しめるのであって、そこに「出来あいの拵え感」は感じられない。

 シリーズ最後の作品『明治十手架』は、江戸時代最後の与力で、のちにキリスト教の教誨師として出獄人保護などの社会事業に取り組んだ原胤昭(たねあき)という人物が主人公。物語は、原が自由民権運動にからむ筆禍事件で石川島監獄に収容され、明治政府の手先である官憲と激しい戦いを繰り広げるという、史実をベースにしたフィクションだ。

 原は、最近でこそキリスト教史や、江戸時代の研究者に注目されるようになってきたが、1986年の発表当時は、ほとんど無名の人物だったはず。こうした人物に着目し、関係する史実を丹念に集めて深い理解を寄せながらも、あくまでも描く物語は奇想あふれるエンターテインメント。まさに風太郎ワールドの真骨頂だろう。

■安田清人(やすだ・きよひと):1968年、福島県生まれ。月刊誌『歴史読本』編集者を経て、現在は編集プロダクション三猿舎代表。共著に『名家老とダメ家老』『世界の宗教 知れば知るほど』『時代考証学ことはじめ』など。BS11『歴史のもしも』の番組構成&司会を務めるなど、歴史に関わる仕事ならなんでもこなす。

※週刊ポスト2013年10月25日号

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