現在、60万人以上いると推計されるニートや引きこもりなど、社会との接点を持たない若者たちの生態は大きな社会問題となっている。近年は“中高年ニート”なる存在までクローズアップされるほど、労働力の減退は深刻さを増すばかり。
さらに、今年8月には『孤立無業(SNEP)』(日本経済新聞出版社)という本で、新しいタイプの無業者が急増していることが初めて報告された。著者はニート研究の第一人者として知られる東京大学社会科学研究所教授の玄田有史氏。一体、SNEPとはどんな人たちなのか。玄田氏に解説してもらった。
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――孤立無業と聞いても新しい概念とは思えませんが。
玄田:孤立無業は、英語でいうSolitary Non―Employed Personsの頭文字を取ってSNEP。Solitaryには「ひとりぼっちの」「他人とつきあいのない」「孤独な」「寂しい」といった意味があるように、無業者の中でもふだんずっと一人か、一緒にいる人が家族以外にはいない人々のことを指します。
――ニートや引きこもりとどう違うのですか。
玄田:まず年齢の定義が違います。ニートは15~34歳の若年無業者を指す一方、孤立無業は20歳以上59歳以下の在学中を除く未婚無業者。仕事をしていない点ではニートと同じですが、ニートは仕事を探す活動や準備をしていない無業者、SNEPは友人や知人との交流のない無業者で、約9割が6か月以上働いていません。
外出をめったにしない人もいますので、その意味では引きこもりはSNEPに含まれていると考えていいでしょう。また、過去1年にスポーツや旅行、ボランティアなどの社交活動を一切行っていない割合が高いのが特徴です。
――孤立無業者はどのくらいいるのですか。
玄田:総務省統計局の「社会生活基本調査」から導き出したところ、2006年に112万人いた孤立無業が2000年代に急増し、2011年時点で162万人に達していることが分かりました。これは60歳未満の未婚無業者の実に約6割を占めています。
――なぜ、2000年代に入ってから急増したのでしょうか。
玄田:もともと孤立無業になりやすい人は30歳以上の中高年だったのですが、2000年代に入ると、友達と遊んだり交流したりする機会の多いはずの20歳代の無業者の中でも、孤立している人たちが急速に増え始めました。
かつて、誰とも会いたくないし、一人でご飯を食べているところも見られたくないから、こっそりトイレで食事する“便所メシ”という単語が溢れましたよね。若者が他人と付き合うことがしんどくなっている傾向が強まったのです。
また、男性だけでなく女性の無業者の中でもSNEPになる人が出てきました。2000年代から非正規社員の過酷な労働環境がクローズアップされてきましたが、女性はもっと昔から職場の待遇が悪く、孤立無業になる人も多かった。最近では自宅で親の介護をしているために就職を断念しているケースも増えました。家族による庇護が、家族型孤立無業の仕事に向けた意欲を妨げている面も否定できません。
――玄田さんはそれら「孤立の一般化」が進んでいると危惧しています。
玄田:はい。性別、年齢、学歴にかかわらず、無業者になると誰でも孤立しやすくなるといった傾向が生まれつつあるようです。それが21世紀の日本の特徴なのだと思います。仕事、恋愛、結婚……人と交わることを理屈抜きに楽しめなかったり、希望を見い出せなかったりしているのです。
――少子高齢化が進む中、SNEP人口がさらに増えれば、経済活力は失われるばかりです。
玄田:働き手はどんどん足りなくなりますし、社会が社会として維持できなくなるのではと心配しています。
東日本大震災以降、「絆」が注目されました。あれは高度成長期に日本人が持っていた「助け合うんだ。仲間だ」という良い連帯意識がわずかに残っていたから。これから孤立が当たり前になると、みな自分のことに精一杯でバラバラな集団しか存在しない国になってしまいます。
不確実な未来に日本がたくましく生き残っていくためにも、孤立無業に象徴されるような寂しい人々を、これ以上増やさない仕組みづくりが必要だと思います。
【玄田有史/げんだ・ゆうじ】
1964年生まれ。東京大学経済学部卒業後、ハーバード大学やオックスフォード大学の客員研究員、学習院大学教授などを経て、東京大学社会科学研究所教授に就任。『ニート』(幻冬舎)、『希望のつくり方』(岩波新書)など著書多数。最新刊に『孤立無業(SNEP)』(日本経済新聞出版社)がある。