1965年のデビュー以来、テレビドラマに映画にと多くの場面で活躍してきた俳優、前田吟。かつて時代劇で共演した、ミュージシャンから役者に転向したばかりだった萩原健一から受けた影響について、前田が語った内容を、映画史・時代劇研究家の春日太一氏が解説する。
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前田吟は時代劇の出演も数多いが、中でも印象的なのは1973年のテレビシリーズ『風の中のあいつ』(TBS)だ。通常の時代劇では「清水の次郎長」の悪役として登場する幕末のヤクザ「黒駒の勝蔵」を主人公に据えた異色作で、前田は萩原健一扮する勝蔵の相棒を演じている。当時の萩原はミュージシャンから役者に転向したばかりだった。
「ショーケン(萩原)との共演は、物凄く勉強になった。彼は我々みたいに計算して役作りするんじゃなくて、研ぎ澄まされた感性で演じるんですよ。
音楽から来る感性もあるんだろうけど、静かにするところと激しくするところを自分なりに作曲できている。『え、こんなところで怒鳴るの?』という芝居があるんです。我々はト書きに『冷静に』とある時は冷静に演じるし、激する芝居をする時はだんだんと気持ちを高ぶらせる。ところが彼は冷静に演じないし、いきなり怒鳴る。それで怒鳴ったかと思ったら、今度は静かにしたり、わざと笑ったり。
それ以来、ト書き通りにやったんじゃお客さんはあまり感動しないと思うようになりました。僕は僕なりにコツコツやっていけばいいと思っていたから、どんな良い俳優でもマネしようとは思わなかったけど、彼だけは違った。それで、芝居をだいぶ変えました。相手にセリフを渡すまでは、自分のセリフは自分なりに作曲すればいいんだって。
山田(洋次)組でも積極的にアドリブを言いましたよ。ショーケンのお陰で、いろんな発想ができるようになったんです」
文■春日太一(かすが・たいち)/1977年、東京都生まれ。映画史・時代劇研究家。著書に『天才 勝新太郎』(文春新書)、『仲代達矢が語る日本映画黄金時代』(PHP新書)ほか。
※週刊ポスト2013年10月25日号