低迷するビール市場を尻目に、ヒットを続けている酒がある。サッポロビールの第3のビール『サッポロ 極ZERO』だ。世界で初めて「プリン体も糖質もゼロ」を実現した、画期的な商品である。その開発も、文字どおり「ゼロ」から始まった。
肉や魚、野菜など食物全般に含まれ、うま味成分のひとつであるプリン体。だが、体内に過剰に蓄積されると高尿酸血症や痛風の原因になるともいわれる。ビールにも含まれているため、「痛風が怖いからビールを飲むのを控えよう」という人も少なくない。そのため「プリン体ゼロのビール」造りは、長らくビールメーカーの夢であった。
「ビールにはプリン体が含まれていて当たり前。プリン体を取り除けばうま味も味わいも失われてしまう」
そう信じていた、いまは新価値開発本部新価値開発部第1新価値開発グループの課長代理、佐々木昌平が商品企画部門への異動を命じられたのは、3年前のことだった。そこで佐々木は驚くべき指令を受ける。
「プリン体ゼロのビールを開発せよ」
佐々木は入社以来、工場でビール製造に携わってきた。そんな彼にとってその指令は耳を疑うものだった。
じつはサッポロビールでは、静岡県焼津市にある研究所で「プリン体ゼロのビール」の研究が10年近く前から続けられていた。いずれプリン体を含まない商品が脚光を浴びる日が来るはずだ──そんな予測が立てられていたのだ。
だが、研究の成果はなかなか現われていなかった。プリン体を99%まで取り除く製法はあるのだが、どうしても残りの1%が残ってしまう。開発中止──そんな不安に苛まれていたある日、開発陣の元に朗報が入った。ある研究員が、ブレークスルーとなるアイデアを思いついたという。
それは、プリン体ゼロのベース(原料)を造り、それにビールのおいしさを上げるための原料を組み合わせる、という製法だった。
「いかにプリン体を取り除くか、ということが“引き算”の製法だとすれば、これは“足し算”の発想。いったん気付いてしまえばなんでもないことなのですが、そこに至るまでには膨大な時間がかかっています。『発想は練ることよりも、全く異なる方向に転換することで大きく飛躍する』──そう気付かされました」(佐々木・以下「」内同)
ビールに含まれている成分を科学的に割り出すことはいくらでもできる。そしてそれぞれの成分を個々に生成することも簡単だ。
ところが、それらの成分を混ぜ合わせても、なぜかビールのうま味や味わいが再現できなかった。
ビールに含まれた膨大な数の成分のなかからプリン体が含まれないものを探し、それらをひとつずつ組み合わせて、本物のビールの味わいに少しでも近づけるよう繰り返すしか手はない。
トライアンドエラーが繰り返された。試飲用のサンプルを飲んでは組み合わせを変えて、また飲んでみる。その繰り返しだ。
サンプルは優に100種類を超えた。開発センターの醸造のプロや、グループ会社の飲料水メーカーのエースに協力を仰ぎながら、開発が続けられていった。もちろん、同社のノンアルコールビールテイスト飲料『プレミアムアルコールフリー』の“ビールらしい飲みごたえ”を実現するノウハウも投入された。
佐々木が開発指令を受けてから2年、研究所が開発を始めて10年の時がたった2012年6月、ついに最適な夢の組み合わせが見つかった。うま味、味わい、そしてゴクゴク飲めるのどごしまで、まさに「ビールそのもの」の自信作だ。
その後さらに9か月かけて、最後の味のブラッシュアップが図られた。2013年6月、世界初の「プリン体ゼロ、糖質ゼロ」の第3のビールは『サッポロ 極ZERO』と命名されて発売された。
「私は、商品開発に重要なのは『スピードがすべて』だとは思っていません。大切なことは、たとえどんな困難にぶちあたっても、お客さまに感動を届けられる『時代の先駆けになるもの』を創り出すことではないでしょうか」
■取材・構成/中沢雄二(文中敬称略)
※週刊ポスト2013年10月25日号