10月になると、プロ野球はCS、日本シリーズと華やかなイベントが続く。その裏で毎年、多くの選手が職場を追われる。野球界を去った男たちのうちの一人、マウンドでは激情家の投手として知られた下柳剛氏に、作家の山藤章一郎氏が引退後の生活について尋ねた。
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春、下柳剛は途方に暮れていた。
「クビいわれて、一瞬、頭の中が真っ白になった。現役のときから引退後どうしようとは、考えたことなかったですから。朝昼晩、やることがない。何するか。思いつかない。冷蔵庫開けたらビールある。1日中酒呑んで」
45歳。阪神を軸に21年のプロ野球人生。627試合登板。129勝106敗。防御率3.92。西宮市の住宅街のカフェに、緑のポロシャツ、Gパンで現われた。口ヒゲは現役のままである。
「早い時は6時半ころから犬の散歩。夕方も1時間ほど。昼間は週5日、トレーニングに通って、いつでも復帰できるように鍛えてんですけど。あとはヒマ、ヒマ。不安でした。この先も食っていかんといけない。心の救いは犬だけや。そこへ、月に5回ほど、朝日放送ラジオの解説の仕事が来て。自分は恵まれてますよ。それでも不安やね。まだ50のずっと手前で。これからどうなっていくんやろか」
37歳で1000奪三振を記録、15勝をあげた。その間に、登録抹消を繰り返した。落ちては這い、這っては上がった。闘志を剥きだしにして、怒号で吠え、グラブを叩きつけた。だがいま不安を洩らし、柔和な目を向ける。ふぅ~っと大きな息をついでアイスコーヒーをすする。
「プロの再就職先なんてないですからね。アマの指導者になる研修会、あれがうまく機能したらええね。わしは社会人からドラフトにかかったけど、社会のことはなんにも知らんかった。40越えても図々しく野球やって。プロを育ててみたいとは思うけど、野球以外のことも教えんといかんから、難しいやろうね」
プロ球界の今年のシーズンは、コミッショナーへの不信、統一球への疑心に難題が集中した。だが、下柳剛には、遠いできごとに映る。
「家庭菜園もやってまして。ベランダでね。桃とリンゴ。ベビーリーフ、イチゴとゴーヤ。ゴーヤは大寒波で全部枯れて、むちゃくちゃショックでした。それをやり直して。しょっちゅうホームセンターに行ってます。もう土なんか100キロ近く買ったなあ。引退後のために多少の蓄えをと心がけたけど、キホン、将来に備える意識はなく、ただ野球してました。税金、税金が大変です。前年の収入に対してかかる。
税金と犬とベランダ菜園──現実はこんな毎日です」
※週刊ポスト2013年10月25日号