プロ野球は日本シリーズが終わると、選手の契約更改やドラフト会議にかけられる新人選手の話題一色になる。その裏で、毎年70、80選手が職場を追われる。ドラフト5位で巨人に入団しながら、1軍で活躍するチャンスをつかめぬまま戦力外となった財前貴男氏のいまの一日を、作家の山藤章一郎氏が追った。
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茨城県つくば市〈筑波病院〉。ドラフト5位、1軍戦公式出場なしで、巨人軍を〈戦力外通告〉された財前貴男(26歳)は、ここの野球チームにいた。
朝7時、体育館入り。ランニングに続いてキャッチボール、トスバッティング。9時まで週3回の朝練。チームメイトは財前を絶賛する。
「やっぱり刺激になります。なんたって巨人ですよ。おれたち学生野球あがりとは全然違う。何が違うか。すべての動作が精確です。しかも穏やかで優しくて」
その性格ゆえにめざしたのか。練習を終えると病院付属のデイサービス・グループホーム〈桑林〉で介護職員の見習いとなる。始めて10か月。支援1から要介護5まで、30人ほどの老人を看る。財前と一緒にホームの〈食堂兼機能訓練室〉に入ってみた。
「おトイレッ。おトイレよぉ」
大声の老婆に財前が駆けよる。おむつとタオルを手に便所に入る。車椅子から老婆を便器に移し、終わると尻を拭いてあげ、おむつを穿かせ、また車椅子に乗せた。仲間の爺さんが声をあげる。
「いっぱい出たかい」
「出た。売りたいぐれえ出た。こん人のおかげさ」
財前はぺこんと頭を下げ、汚れたおむつをビニールに入れ、外に持って行く。勤務は夜7時まで。ひっきりなしに動く。静かに坐って食べる時間もない。
寮、ひとり暮らし。いまなお巨人を愛し、毎夜、プロ野球ニュースを追う。
「野球で身に染みているチームプレイに通ずるこの仕事、嫌いじゃないんです。死んだじいちゃんのことも思いだしますし。
巨人に入れてうれしかったんですが、ケガが多くて。呼び出されたときは、覚悟しました。来たなっ。ケガのせいにはしませんが、悔恨ばかりです。悔しいです。でも頑張ります。いずれ、鍼灸師になります」
別な婆さんが声をあげる。
「入れ歯、あたしの入れ歯どこやった」
「はいはい、ここに」
財前は歯ブラシで磨き始めた。
※週刊ポスト2013年10月25日号