朴槿惠大統領のベトナム訪問(9月7~11日)は長年の韓国ウオッチャーにとっては実に興味深いものだった。表向きは原発輸出問題をはじめ経済協力強化のセールス外交だったが、裏には歴史問題があり、関心を引いた。韓国とベトナムは干戈(かんか)を交えた1960~70年代のベトナム戦争の歴史認識ではまったく意見が違うからだ。
朴大統領にとってベトナムは格別な相手だった。ベトナム参戦は父・朴正煕大統領の決断で行なわれ、延べ33万人もの派兵とひきかえに、道路建設や輸送などの“ベトナム特需”で潤い、経済発展の大きなきっかけになった。しかし朴大統領は今回のベトナム訪問に際し、こうした過去にはまったく触れなかった。
ベトナムにとってあの戦争は米韓による侵略戦争だが、韓国にとっては自由を守る正義の戦争だった。つまり安倍晋三首相が語ったように、国際的に「侵略戦争の定義は定まっていない」というまさにその具体例なのだ。
安倍発言に韓国は猛烈に反発したが、韓国自身、自ら経験した戦争をめぐって定義は固まっていない。ベトナムを持ち出すまでもなく、朝鮮戦争(1950~53年)もそうだ。韓国は「北による侵略戦争」と主張するが、北朝鮮は「南の侵略を撃退した正義の祖国解放戦争」といっている。
日本に対しあれだけ歴史直視とか正しい歴史認識、つまり歴史認識の一致を要求する韓国が、北朝鮮やベトナムとは歴史認識が一致しなくても平気なのだ。いや、むしろ歴史認識などという迂遠なものにはこだわらず、棚上げして対話や交流、協力をやっている。これが国際関係の常識だ。
朴大統領は日韓関係について「加害者と被害者の歴史的立場は1000年経っても変わらない」(3・1節演説)といって日本を驚かせたが、そんな考えはいつでも必要に応じて棚上げできるのだ。
しかしベトナムは1992年の国交正常化に際し、旧敵国の韓国に謝罪も反省も補償も求めていない。それだけではない。ベトナムは60年以上も植民地支配したフランスに対して謝罪・反省・補償は要求していないし、フランスも何もしていない。
朴大統領や韓国世論(マスコミ)は、こうしたベトナムやフランスの姿勢にはなぜか口をつぐむ。フランスやベトナムの歴史認識を直視すれば、韓国の対日姿勢、要求がいかに特異で国際常識からはずれているかが分かる。
日本は国際的には異例の謝罪・反省・補償を繰り返しているが、韓国は日本を非難し続けている。これではもう付き合いきれない。
朴大統領のベトナム訪問から数日後の9月13日、韓国の新聞各紙は、「オランダがインドネシア支配時代の住民犠牲について謝罪・補償を発表した」とこれみよがしに報道した。インドネシア独立闘争鎮圧にからむ即決処刑事件で初めての謝罪・補償というが、韓国マスコミは「戦争犯罪を否定し賠償責任を回避する日本とは対照的だ」(東亜日報)と反日報道に仕立てている。
しかしオランダは、インドネシアを300年以上にわたって植民地支配したことについてこれまで謝罪・反省・補償など一切していない。このことにはまったく触れず、都合の悪い事実には目をつぶり、何が何でも日本非難につなげるいつもの手口なのだ。
ベトナムやインドネシアの首脳がフランスやオランダに対し「過去の被害・加害の立場は1000年経っても変わらない」などと言ったことはないし、今後も言わないだろう。経済的には韓国よりはるかに劣るベトナムやインドネシアの、この毅然として成熟した態度─歴史認識を韓国も見習ってはどうか。
文/黒田勝弘=産経新聞ソウル駐在特別記者
※SAPIO2013年11月号