【書評】『ノーモア 立川明日香 養護施設で育ち、政治家辞職までの全真相』小川善照著/インベカヲリ★撮影/三空出版/1260円
【評者】岩瀬達哉(ノンフィクション作家)
埼玉県新座市に「美人すぎる市議」が誕生したのは、二〇一二年の市議会選挙だった。震災と原発対応をめぐって、自民・民主どちらの既成政党にも世間の不信感が高まるなか、二十七歳の新人無所属候補、立川明日香は、二〇六七票、第五位で当選する。だが立候補要件である、三カ月以上の居住実態をめぐって疑惑が浮上した。
当初、その美貌と、施設育ちの不遇な生い立ちに飛びついたマスコミは、新座市のアパートの水道メーターがゼロだったと知るや、さらに勢いづいて、普段トイレで“大”をしても水を流さないのか、という質問までも浴びせかけた。
彼女は、それまでねばった守勢を一転し、一〇カ月で辞職をした。事実、彼女の居住実態はなかった。そして、政治家としての自覚も甘かった。だがそれについて聞く著者に「ゼッタイに謝りません」と言い放つ。「それだと社会に負けた感じがするんです」――。
一九八五年、DVの父親と統合失調症の母親は、生後まもない彼女を、乳児院へ送った。そこにいる一〇〇人もの赤ちゃんは、親に抱かれることもなく、ベッドに固定された哺乳瓶をまさぐって自分の手で飲み、成長するしかなかった。立川は独力で短大進学、アメリカ留学をはたす。だが皮肉にも、自分らしく生きようとするほど、ひとびとを翻弄してしまう。
「移ろいやすい世の中を私たちは生きているので、自分の価値観を全面に出して自分の感覚で生きていかないと、巻き込まれちゃって潰されて消えていきますよ。そんな世の中です。だから虚無っていうのは私の中に常にあるんです」
反原発、特別養子縁組や里親制度の充実が、彼女の訴えである。著者は「どうやってマスコミが政治家を持ち上げ、消費していったのか」という視点で、この騒動を検証する。そこに写真家インベカヲリ★氏による、むきだしの官能的なグラビアが重なると、立川明日香という存在が「社会に対しての強力なメッセージ」でありながら、また、現代にたゆたう、はかない影法師とも映ってくる。
※週刊ポスト2013年11月1日号