ラジオの深夜放送といえば、『オールナイトニッポン』に代表されるように長らく若者向けの放送と考えられていた。ところが、1990年に「ラジオ深夜便」が始まると、高齢者が新たに深夜放送のリスナーに加わった。今では異例の高い聴取率をもつ同番組の制作現場を、作家の山藤章一郎氏が訪れ、報告する。
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渋谷〈NHK放送センター〉の13階〈ラジオセンター〉。学校の職員室ほどの広さが早朝班、夜間班などのシマに分けられ、24時間体制で〈NHKラジオ第1〉を放送する。夜9時20分、いまは静まり返って深夜班の6人しかいない。
フリースペースで元・チーフアナウンサーの迎康子さんがパソコンに向かっている。定年後、シニアスタッフとして『ラジオ深夜便』をアンカーとして支える。
「今日のインタビューを忘れないうちに編集しちゃおうって。年取ると忘れっぽいですから」
迎さんなど、実際に放送の最前線に立つ人をアンカーと呼ぶ。深夜11時20分から5時まで、土曜、日曜も欠かさず、14人のアンカーが交替して放送する。主に、以下の構成で成る。
〇日本の地方からの話題。
〇ポピュラーソングコンサート。
〇歌謡曲、おもいでのヒット曲などの再放送。
〇人生にチャレンジしている人へのインタビュー。
〇海外からの報告、自然観察記、「老後の幸せ」への提言など、放送の引き出しは豊富である。
チーフプロデューサー・中村豊さんのコンセプト。
「お目覚めでしたらお付き合いください。眠かったらお寝(や)すみください、のスタンスです」
リスナーは毎晩ほぼ200万人。視聴者事業局への反響は、『あさイチ』『ためしてガッテン』などに続いてNHKテレビ、ラジオ番組の中で、上位10位に入ることも多い。
「朝3時から4時、歌謡曲などを流しているときが、聴取者の多いゴールデンタイムです」
11時19分。「そろそろ1分前です。今日もよろしくお願いします」ディレクターが声をかける。ブースの宮川アナが手をあげる。台風のニュースから始まり、11時30分、次のコーナーに続く。「日本列島くらしの便りです」
電話で山中湖村の住民から村のイベント情報が伝えられ、11時58分「今日の日の出時刻をお知らせします」になる。札幌5時42分。仙台5時40分。東京5時43分。以下、那覇6時26分まで、全国11か所の夜明けの時刻を読みあげる。変わらぬ重要なキー放送である。
引き出しには、他に〈アンカー企画〉もある。この日の宮川アンカーは、長く〈のど自慢〉の司会で毎週、旅に出ていた。「もう行ってないところはないぐらい。観光地ではなくこんな素晴らしいところがありますと、旅のディスクジョッキーというかたちで喋ってるんです」
リスナーは60歳以上が相手である。入院中の人もいる。〈ゆったり〉を心がけているという。
「現役時代より口調を落としてね。昼間の番組は今に合わせますが、〈深夜便〉は、経てきた時代とキャリアと知識がそのまま出せる。しかも、ダイレクトに聴いてくださる人に届く。アナウンサー生活30数年、OBになって。意義深い番組です」
アンカーは7時にNHKに入る。8時から夕飯。9時半から、選曲担当やディレクターと打ち合わせ。11時にスタジオ入り、朝6時、NHKを出る。
※週刊ポスト2013年11月1日号