24日に行われたプロ野球のドラフト会議。広島の「くじ引き」が大きな話題になった。フリー・ライターの神田憲行氏が、ドラフトで感じた改めて仕事で大切なことを語る。
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24日に行われたプロ野球ドラフト会議で、広島の田村恵スカウトのくじ引きが感動を呼んだ。ドラフトでは指名選手が競合した場合、多くは監督か球団社長という幹部がくじを引くのだが、広島は九州共立大の大瀬良大地投手を巡るくじ引きで、大瀬良投手を高校時代からずって見て来た現場スカウトの田村スカウトをくじ引き役に指名。見事3球団競合から引き当てた。直後のテレビインタビューで、田村スカウトは
「自分がいちばん見続けてきたので……絶対に当たると……」
と、目に涙を浮かべた。なんでも田村スカウトに決めたのは松田オーナーの決断だったという。ともすれば目立ちたがり屋のスーツ組がしゃしゃり出てくるドラフトで、オーナーの決断も粋だ。田村スカウトの篤実な人柄が浮かんでくる様子に、大瀬良本人はもとより、ご両親も大切な息子を預ける決断に迷いはないだろう。
ドラフトというシステマティックな世界でも、決めるのは結局は「人と人」である。
ドラフトで指名を考えている球団は、あらかじめスカウトが選手の所属するチームの監督に「×巡目で考えています」というような挨拶をしておく。しかし直前の編成会議で急遽指名が決まったときは、それこそドラフト当日の数時間前に「挨拶」になって、いわゆる「強行指名」になることがある。当然、揉める。そこで出番がスカウトになる。私が聞いた例では、強行指名に身を硬くした監督、選手の保護者に担当スカウトが、
「強行にはなりましたが、うちは真剣なんです」
と、その選手の今後3年間の育成計画を考えたレポートを送り、無事獲得にこぎ着けた。
逆もある。とある強豪球団のスカウトは、監督がいないときにグラウンドに入り込み、お目当ての選手の故障の治り具合を他の選手たちに聞いて回った。もちろん監督にとって愉快なはずがない。その監督と飲んでいると、携帯がなり、液晶画面にそのスカウトの名前が浮かんだ。しかし監督は出ようとしない。
「電話なってますよ。どうぞ、遠慮なさらずに」
「いや、このスカウトとは話はしないことに決めたから」
たぶんそのスカウトにすれば、球団の名前さえ出せばどの監督も媚びるように相手をしてくれると勘違いしていたのだろう。監督に会えなくてはスカウトの仕事ができない。その球団は指名すら諦めざるを得なかった。
サラリーマンは「名刺(会社の名前)で仕事をするな」と言われる。スカウトも同じだ。
12球団一の貧乏球団と揶揄されることもある広島だが、今季2桁勝利を挙げた先発投手が4人いるなかで、来季は大瀬良という5人目が加わり、強力な投手王国が出来そうだ。カネがなくても真摯な姿勢と情熱があれば仕事は出来る。田村スカウトの涙は、私たちの仕事でなにが大切か教えてくれた。