阪急阪神ホテルズ系列のレストランで恒常的に行われていた47商品に及ぶ「食材偽装」問題。同社の出崎弘社長(11月1日付での辞任を表明)が「偽装ではなく誤表記だ」と言い張ったことで、火に油を注ぐ結果を招いてしまった。
東京都内で割烹料理店を営む店主は、「阪急阪神は氷山の一角。他のホテルグループでも食材偽装は芋づる式に出てくるだろう」と話す。
「食品表示を規定したJAS法の規定が曖昧なのをいいことに、冷凍魚=鮮魚、手ごねハンバーグ=既製品などというごまかしは多くの飲食店でやっていること。そうした罪悪感のなさが積み重なって、産地偽装にもつながっている。あの高級ホテルの阪急が九条ねぎや信州そばの産地を偽っていたくらいだから、もっとグレードの低いビジネスホテルは推して知るべしでしょうね」
だが、そもそもホテル業態を取り巻くグレードが急激に変化しつつあると指摘するのは、ホテルライフ評論家の瀧澤信秋氏である。
「これまで<シティホテル=高級的なホテル><ビジネスホテル=一般的なホテル>と捉えられていた業態が、2000年あたりから<ラグジュアリーホテル=外資系を中心とした超高級ホテル>や宿泊特化型の機能的で清潔感のあるホテルチェーンが人気を博してきたことで、旧来型のシティホテルやビジネスホテルは苦戦を強いられてきました。阪急ホテルや阪神ホテルがまさにそうです」(瀧澤氏)
つまり、それまで最高峰だったシティホテルの利用者はよりラグジュアリーなホテルへ、中級クラスのビジネスホテルの利用者は使い勝手のいい宿泊特化型ホテルへと、顧客を奪われていったというのだ。
「宿泊予約サイトで高級ホテル区分されている『大阪新阪急ホテル』のビジネスユース料金は、同地区の宿泊特化型ホテルチェーンの実勢価格を下回っているケースもある」(業界関係者)
との声も聞かれるほど、阪急ホテルの高級ブランドはすでに瓦解していたと見る向きがある。大幅にディスカウントした宿泊料金のしわ寄せが料飲部門にいっていたとしたら……。今回の偽装は起こるべくして起きたといえなくもない。
「以前、私が取材した大手ホテルチェーンも、経費削減や人件費の抑制が料飲部門にまで及んでいました。最前線の料理人はプライドが高いから食材にもこだわりたいのですが、経営会社の上層部から現場の支配人や責任者に『この予算で工夫しろ!』とトップダウンの指示が飛ぶ。
間に挟まれた現場の人たちの苦労は大変なものです。ホテル業界におけるこのような劣悪な労働環境がホテルマンの志気を下げ、挙句の果てに偽装という絶対してはならない行為に手を染めてしまうという構図があるのです」(前出・瀧澤氏)
阪急阪神ホテルズの出崎社長は、「部門間の風通しが悪い職場風土がはびこっていた。職場実態がこのようなレベルだったのかと感じる」と無責任な発言をしたが、これだけの偽装が現場の判断だけで行われていたと聞いて、誰が信じるのだろうか。
経済誌『月刊BOSS』編集委員の河野圭祐氏は、「言語道断」としたうえで親会社である阪急阪神ホールディングス全体の企業風土に疑問を投げかける。
「村上ファンドの乗っ取り計画もあって2006年に経営統合した阪急と阪神ですが、もともと百貨店は真横にあり、鉄道も並行して走っているような2社が一緒になってどんなシナジー効果があるのかは当時から不安視されていました。しかも、阪神は庶民的、阪急は“お高い”イメージがある中、本当に両社のカルチャーが融和していたのかどうかは定かではありません。
特に阪急百貨店は『西の伊勢丹』と呼ばれるほどブランド力や売上高は絶大。今回の一件で、デパ地下の食材も含めてイメージ的な影響を受けるとしたら痛手は大きい。一大企業グループのビジネスモデル自体を構築し直さなければならない事態に追い込まれる可能性もあるでしょう」
出崎社長は事態の収束に向け、「偽装と指摘されても仕方ない」と語り、兼任していた阪急阪神ホールディングスの取締役も辞任する意向を示した。しかし、食材の看板は「偽りあり」で済まされても、企業看板についた傷はそう簡単に消えるものではないだろう。