二〇二〇年東京五輪に向けて、危機管理への意識が高まっている。それは、無関心だった原発テロへの懸念と共に切実な問題として浮かび上がっている。だが、かつて東京は世界で最も爆破テロの危機に晒され、それと敢然と闘った都市でもあった。その知られざる闘いの内幕を『狼の牙を折れ 史上最大の爆破テロに挑んだ警視庁公安部』(小学館刊)で門田隆将氏(ノンフィクション作家)が追った。
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かつて首都・東京が、「いつ」「どこで」「誰が」爆殺されてもおかしくない“恐怖の地”だったことをご存知だろうか。
爆破テロは、世界中で今もつづいている。だが、日本の首都・東京は、その遥か前に世界で最も爆破テロの恐怖に晒されていたのである。
その頃、東京では、ある時はアメリカ大使館の施設へのピース缶爆弾が、またある時は郵便局内で小包爆弾が、さらには、警察幹部の自宅でお歳暮を装った小包爆弾が……という具合に、何者かによる爆破事件が連続し、多くの犠牲者が生まれていた。
そして、極めつけの爆破事件が一九七四(昭和四十九)年八月三十日に起こった。
現場は、東京の中心・丸の内の仲通りに面する三菱重工本社である。日本を代表するオフィス街で、史上最大の爆破テロは起こった。
ダイナマイトおよそ七百本分という爆弾の威力は凄まじく、一帯は、さながら激しい空爆を受けたように惨状を呈し、窓ガラスが吹き飛び、柱は曲がり、コンクリート片が路上に突き刺さった。死者八名、重軽傷者三百七十六名を出したこの三菱重工爆破事件で、丸の内仲通りに面した企業ビルの窓ガラスは、四千枚も砕け散った。
犯行声明を出したのは、「東アジア反日武装戦線“狼”」である。“政治闘争”の名を借りて、彼らは連続十一件という企業爆破を繰り返した。どこで爆破が起こるのか、次に犯人が狙うターゲットはどこか──不安と恐怖の中に人々はいた。そんな中で、この謎の犯人グループを追い詰めるために、真っ向から勝負を挑んだ組織があった。
警視庁公安部である。
それは、あらゆる手段を駆使して敵を追い詰める捜査機関であり、国民の前にヴェールを脱いだことがない秘密の組織でもある。彼らは爆破事件から九か月後、この謎の犯人グループを一網打尽にした。
だが、犯人の一部は、その後に起こったクアラルンプール事件やダッカ事件といった国際人質事件によって、超法規的措置で“出国”していった。警視庁公安部と犯人との闘いは、「現在」も続いているのである。
この警視庁公安部による連続企業爆破犯との闘いの知られざる内幕を、私は当時の刑事たちひとりひとりを数年にわたって訪ね歩き、ついに明らかにすることができた。それは、公安捜査官の証言による初めての実録ドキュメントとなった。
その闘いの真実は、迫りくるテロに対して、今、「何」を語りかけてくれるのだろうか。(つづく)
◆門田隆将(かどた・りゅうしょう)/1958(昭和33)年、高知県生まれ。『この命、義に捧ぐ 台湾を救った陸軍中将根本博の奇跡』(角川文庫)で第19回山本七平賞受賞。近著に『太平洋戦争 最後の証言』(第一部~第三部・小学館)、『死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日』(PHP)がある。
※週刊ポスト2013年11月8・15日号