近大マグロで知られる近畿大学水産研究所が養殖魚専門料理店「近大卒の魚と紀州の恵み」2号店を銀座に出店すると発表し話題になっている。品質が劣り安いというイメージが今でも強い養殖魚だが、実際にはブランド養殖真鯛「鯛一郎クン」のように価格が天然を上回る「世界一高価な養殖魚」も存在する。
「技術の発達によって、養殖魚はとても美味しくなりました」と全国海水養魚協会専務理事の稲垣光雄さんはいう。
「今のような大規模養殖が始まった約60年前は、たくさん獲れていたイワシをそのまま与える生餌が主流でした。魚が満腹でも無理やり餌を与えるようなこともしていましたが、30年以上前から運動量や空腹の度合いに合わせた適正な給餌になっています。餌の中味も変わり、生餌をミンチにしてビタミン剤などをまぜたモイストペレット(MP)、さらにドライペレット(DP)が開発され魚の種類や成長、水温に合わせて餌を使い分けています」
養殖だから脂身が多すぎるといった心配はなく、適度に脂がのった、現在の消費者の好みの身質にあわせて育てている。前出の「鯛一郎クン」のような高級養殖魚だと、プロの料理人が「天然より美味しい」と評価することも珍しくない。だが、狭い生けすで病気にかかりやすく、薬漬けになっているのではという疑惑がどうしてもぬぐえない。しかし、それも昔の話ですと稲垣さんは言う。
「昔は魚が病気になってから抗生物質を与えていましたが、今ではワクチンで予防するように対応が変わりました。水産薬を製造していた製薬会社もほとんど製造しなくなっています。日本国内での養殖の場合、人間と同じ薬事法に基づいた管理がされていますので安全です。生けす単位で出荷した魚の記録もされていますから、魚を購入したお店で尋ねていただければ、国産ならどこの生けすから出荷された魚なのか確認することができます」
養殖魚の利点は消費者好みの身質や安全な管理だけではない。たとえば今年10月のように26号、27号、28号と台風が連続してやってくると漁は休まざるをえない。さらに天然は成長にバラツキがあるので質が保証されない。質、量ともに安定しているため、いまやマダイの78%、ブリ類の57%、クルマエビの74%が養殖で賄われている。
世界で初めてクロマグロの完全養殖を実現したように、日本は世界でも有数の養殖技術大国となった。最近では、餌に抗酸化作用があることで知られるポリフェノールを含む茶がらや柑橘類、地域の特産品の副産物を混ぜて与えて風味を加える育て方が流行している。
愛媛の「みかんブリ」が回転すしチェーンの「無添くら寿司」で提供されているが、魚臭さが少なく食べやすいと好評だ。日本では若年層を中心に魚の臭いが苦手な消費者が少なくないため、魚嫌いでも食べやすいものをと試行錯誤し「みかんブリ」だけでなく「柚子鰤王」「かぼすブリ」「柑味鮎」「ハーブ鯖」など、新ブランドが続々と登場している。魚も牛や豚のような家畜になっているのだと漁業関係者はいう。
「排他的経済水域の問題で漁船が自由に遠くへ出漁できなくなって以来、日本の漁業は養殖なしに成り立ちません。また、クロマグロ規制が敷かれるなど世界中で天然漁獲には限界がみえます。魚も牛や豚と同じように育てられたものを食べるのが標準になっているんです。『松坂牛』のような高級ブランド『鯛一郎クン』や『梅真鯛』もあれば大衆向けの『みかんブリ』もある。天然と養殖にこだわる必要はもう、それほどないですね」
国連食糧農業機関の統計によると世界の漁獲量のうち養殖は40.1%。漁での水揚げ量は約20年前からあまり変わらず、増える魚需要に養殖で応えていることがわかった。寿司を中心とした日本食ブームは広がるばかりで、世界での需要は増えるばかりだ。水産物の輸出を2020年までに倍増する安倍晋三政権の成長戦略をきっかけに、日本の養殖ブランド魚が世界でもてはやされる日が現実となるかもしれない。