【書評】『行ってもイイ精神科、ダメな精神科 東京23区精神科潜入記』ひろ新子著/バジリコ/1575円
【評者】香山リカ(精神科医)
患者を装ったジャーナリストによる精神医療の潜入ルポといえばなんといっても大熊一夫氏の『ルポ・精神病棟』が有名だが、同書が入院版だとすると本書は外来版。また、舞台女優でもある本書の著者は、実際にうつ症状を持つという点も、ちょっと違うか。とにかく23区で1つずつクリニックを受診し、その場所や内装、受付の対応、そして医師の診察と処方などを読みもの風に記録したのがこの本なのだ。非常に興味深い。
出てくる精神科医は、みな個性的。オネエ風の男性医師もいれば、孫のように甘えたくなる老人医師、自然体の美人女医もいる。やたらと突っ込んできいてくる人も、質問もほとんどしない無愛想な人もいる。どこでも最短10分、平均15分くらい話して、診断そして処方。
実況中継風の文章のおもしろさにもひかれ、夢中で読み終わったあと、私は「うーむ」とうなってしまった。著者が良い医者とする条件は、「患者に寄り添って痛みを受容してくれること」「薬は最低限しか出さないこと」など。
逆に、フンフンと聞くだけで反応が鈍そうな医者のことは「最悪」と低評価だが、私から言わせてもらうと言葉は少ないが観察力が鋭い医者というのも中にはいる。逆に始末が悪いのは、わかったフリをしながら診断のピントがはずれているような医者。また、薬にしても必要なときは、やっぱり必要だ。
著者のまとめた診断結果によると、「典型的なうつ病」が14人など、躁うつ病の圏内と診断した人が23人中21人、ほかが2人。著者は「これほど違うとは」と驚くが、私は逆に「けっこう一致してるな」と感心した。
実はいちばんの問題は、このように、“良い医療”についての精神科医側と患者さん側とのイメージには乖離があることではないか。患者さんはあくまで、「丁重に聴いてくれる感じの良い先生」「完璧な診断」を求めているのだ。いずれにしても私にはたいへん勉強になる一冊だった。続編でもし著者が私の勤務先に来たら「合格」をもらえるよう、精進したい。
※週刊ポスト2013年11月22日号