【書評】『流星ひとつ』沢木耕太郎著/新潮社/1575円(税込)
【評者】鈴木洋史(ノンフィクションライター)
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1979年秋、引退発表直後の藤圭子を若き気鋭のノンフィクション作家だった著者がインタビューした。それをもとに当時書いたのが本書だ。一切の地の文を排除し、2人の会話だけで構成している。といっても、実際のやりとりをそのまま再現するのではなく、かなりの取捨選択、再構成を行なったはずだ。酒場での会話の体裁を取り、男女の関係になってもおかしくない空気すら漂う。そのスタイルと雰囲気が面白い。
具体的な経緯は本書の「後記」に譲るが、作品は一度も発表されることなくお蔵入りしていた。だが、自死をきっかけに、奇矯な言動の映像ばかりが流される中、若い頃の藤圭子が〈輝くような精神の持ち主〉だったことを伝えたい思いから刊行が決まったという。
貧しさと父の暴力に苦しんだ少女時代に始まり、「自分と似ている」と感じた作詞家石坂まさをとの複雑な関係、「時代の歌姫」となっていく経緯、前川清との結婚・離婚、その後の失敗続きの男関係、そして歌への思いと引退の真相(そこが白眉である)に至るまで、内容は多岐に渡る。率直な語りから浮かび上がってくるのは、藤圭子の純粋さである。
〈心の入らない言葉をしゃべるのって、あたし、嫌い〉〈嘘をつきたくないから、いつでも本当のことを言ってきた〉〈周囲の人が、あの人はよくない、悪人だって言っても、あたしの胸がときめいてしまったら、それで終わり〉……。
現実に婚約していながら、惚れた男から身を引く女の歌はうたえないといって、与えられた曲を拒否したこともあった。
その純粋さは、裏返せば不器用さであり、危うさであったが、それがなおさら彼女の魅力を増したことが伝わってくる。
※SAPIO2013年12月号