しのぎを削るファストフード業界で、大手牛丼チェーン「吉野家」の反攻が注目を集めている。派手さはないが、コツコツと売り上げるたてる作戦が功を奏しているようだ。食文化に詳しい編集ライターの松浦達也氏が解説する。
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最近、吉野家ホールディングス(HD)の地味な戦略展開から目が離せない。いや、「地味」だとクサしているわけではない。コツコツと「地味」な展開を続けることこそが成功への近道だということを体現しているのが今年の吉野家である。
2004年、BSE問題の影響で米国産牛肉が輸入停止になるまで、吉野家はいつもアメリカ産のショートプレート――バラ肉を使ってきた。BSE以降、牛丼チェーンのなかで、「牛丼」を捨てたのが、もっとも牛丼に特化してきた老舗の吉野家だけだったのは皮肉な話だ。
そして今年2月、吉野家の念願だったアメリカ産牛肉の輸入条件がついに緩和された。そして4月、吉野家は380円だった牛丼の並盛を280円に値下げした。そしてここから吉野家の反攻が(地味に)始まった。
吉野家は、米国産牛の輸入条件が緩和されるまで、値下げ競争にも参加しなかった。「御三家」と言われるライバルの松屋は10年前、約600だった店舗数を10年で約6割増の約1000に。すき家に至っては、この10年で店舗数を300%増――10年前の4倍の約2000店にまで拡大した。しかし吉野家は10年前の1000店からわずかに2割増の約1200店。しかも今年の3~8月期の連結決算の売上高が、店舗数が牛丼店の1/3にも満たない同HDのうどん部門「はなまる」に抜かれた。創業以来初となる大事件である。
といっても、吉野家の売上自体が落ち込んだわけではない。値下げ効果もあって、同3~8月期で売上高が前年を割り込んだのは3月のみ。この期は前年同期比110%以上の売上を叩きだした。その間、期間限定の鰻丼や、新商品の牛カルビ丼なども発売した。さらに7月にはビールフェアとしてビールを割引、牛皿などとのセット注文をアピールするなど、こまめにさまざまな弾を打ち続けた。
そしてこの秋の攻勢である。まず10月10日に「アタマの大盛」を投入した。ごはんの量は並盛、具の量のみ大盛という、公式には築地一号店のみで注文可能だったメニューを全店展開したものだ。実は吉野家は2011年5月、並盛の具の量を85gから90gに増量し、コメは260gから250gに減量している。その上で、より具の比率の多いメニューを投入し、近年人気の低糖質+高タンパク食に寄せた注文を可能としたわけだ。
さらに「アタマの大盛」発売翌日、吉野家は国会内に「永田町1丁目店」をオープンさせ、同店限定で和牛を使った「牛重」という1200円のメニューを投入した。これにはネットはもちろん、すべてのメディアが食いついた。その後も国会議員が「国会だけで食べられるのはおかしい」と発言。現在も話題は盛り上がり、商品展開自体がプロモーションツールになるという理想的な展開となっている。
そして吉野家は、11月1日から「コモサラセット」というレギュラーメニューにはない牛丼の小盛とサラダをセットにした女性向けのセットを投入した。これも既存の素材のバランス調整のみで提供可能なメニューである。
新メニューを投入し続けるライバルチェーンに対して、「牛丼」のバリエーションを地味に増やしながら地道に売上を立てる吉野家。その滋味あふれる牛丼に対する、松屋やすき家の巻き返し策にも期待したい。もちろん、消費者が「牛丼」チェーンに求めるのは、昔もいまも「早い」「安い」「うまい」である。