最近、「ゲノム」「ゲノム解析」という言葉を耳にする。「ゲノム」とは遺伝子(gene)と染色体(chromosome)の合成語で「すべての遺伝情報」のこと。多くの生物の遺伝情報がコンピュータで解析できるようになった現在、ヒトゲノムの解析は特に重要で、病気の予防や診断・治療に結びつくとされている。
国立大学で遺伝学研究に従事しつつ、作家としても活躍する瀬川深さん(39才)は、「ゲノム」を題材とした最新作『ゲノムの国の恋人』(小学館/1680円)を発表した。
「デビュー作から、医学ネタは避けてきたところがあるんです。でも、ゲノム解析技術は近年すごい進歩を遂げている。例えば1990年代は、1人の人間のゲノム解析に13年の歳月と1憶円の費用がかかりました。それが5年ほど前には価格も100万円を切り、1週間で結果を得られるようになった。望めば誰もが、自分の全ゲノム情報を得られる時代に突入しつつあります。これは面白い、小説に書かなければと考え始めました」(瀬川さん、以下「」内同)
遺伝的な病気といえば、この5月、女優アンジェリーナ・ジョリーが公表した、予防的な乳房切除手術が記憶に新しい。
「予防的切除は選択肢の一つです。ただ遺伝情報はプライバシーにかかわることを配慮し、充分な医学的検討のもと、本人や家族などの了解を得て慎重に行われるケースが多い。社会的影響力の強い有名人が手術を公表するのは日本では難しいのではないか。恐らく大騒ぎになるでしょう。精神的風土の違いを感じました」
本書は、遺伝子研究者のタナカが、ある独裁国家に好待遇で雇われるところから、物語が始まっていく。その仕事は、絶対権力者の息子に、遺伝的に見て最高の妻を選ぶこと。しかし、当然ながらどんな女性も病気のリスクを抱えている。その結果は、“ゲノム解析では飛び抜けて優位な条件を持つ女性は探せない”という事実だった。
「科学が進めば進むほど、それをどう扱うかという倫理が問われてくる。小説でも何が正しいかという明確な答えは出していません。ただ、事態はここまで来ていると、その問題提起をしたかった」
研究者らしく、コミュニケーションが苦手で不器用なタナカ。しかし異国での体験により成長し、かけがえのない女性を掴み取り、子供を授かる。タナカの生身の恋愛感情、新しい命の重さも鮮やかに描かれる。
※女性セブン2013年11月28日号