11月8日に肝臓がんで亡くなった島倉千代子さん(享年75)。3度の中絶も経験した島倉さんは、水子地蔵をいつも持ち歩いていたという。
1938年(昭和13年)、島倉さんは東京・北品川に6人きょうだいの四女として生まれた。高校在学中、15才で日本コロムビアの歌謡コンクールに優勝し、翌1955年に歌手デビュー。デビュー曲の『この世の花』は200万枚の大ヒットを記録した。
1963年、元阪神タイガースの藤本勝巳選手(76才)と結婚。子供を持つことへ憧れがあったものの、仕事や経済面から3度の中絶をする。 島倉さんの姉・幸子さん(82才)の息子・行雄さん(57才)は言う。
「千代子おばさんはその分、おれを実の息子のようにかわいがってくれたよ。おれがまだ幼い頃はよく一緒にお風呂に入った。人前でおれのことを“息子、息子”っていうもんだから“芸能人だから、(隠し子とか言われると)まずい”ってスタッフに止められてたこともあった。千代子おばさんは本当は自分の子供が欲しかったんだと思うよ」
結婚生活はわずか5年で幕を閉じたが、産めなかった3人の子供のことを島倉さんは片時も忘れることはなかった。“忍”と名付け、正式に供養をすませると、小さな水子地蔵をいつも持ち歩いていた。
「これからは母さん、いつも一緒よ。母さんの子でよかったと思ってもらえるように頑張るわ」
地蔵にそう語りかけては、自分自身を鼓舞していたという。
「家の仏壇に、位牌を3つ置いていたりもしてたね。自分の気持ちに整理をつけたかったんだろうね」(幸子さん)
「おれは以前、彫金の仕事をやっていたから、頼まれて忍って名前を彫った指輪を何本も作ったよ」(行雄さん)
※女性セブン2013年11月28日号