ライフ

田部井淳子「知らない世界を自分の目で見たいのが登る動機」

【著者に訊け】田部井淳子氏/『それでもわたしは山に登る』/文藝春秋/1470円

「白い山」に憧れて、田部井淳子氏は山岳会に入った。社会人1年目、22歳の時だ。

「それまでは春と夏と秋の山に友達と登るしかなくて、冬の山も一度、自分の目で見てみたかったんですね」

 そして1975年、彼女は世界最高峰エベレストに女性として世界初の登頂を果たす。私生活では3歳の娘を育てる35歳の母親だった。

 最新刊『それでもわたしは山に登る』は、その後も数々の極限状況で体得した“山の知恵”を、震災後の“生きる術”としてまとめる予定だった。が、執筆中の昨春、田部井氏は腹部に〈チクチクと針でさされたような痛み〉を覚え、講演先で検査の結果、腹水からがん細胞が見つかった。しかも範囲は骨盤に及び、医師は余命3か月を宣告する。その時の夫婦の会話だ。〈余命三カ月ってことはないよ。かかりつけのM先生に相談しよう〉……。

 表題のそれでもはそういう意味だ。抗がん剤の副作用で手足に痺れを抱えながらそれでも彼女は山に登り、故郷福島の復興のため精力的に活動する。現在74歳。その情熱の理由を田部井氏に訊いた。

「たぶん天井や屋根の下が嫌いなのね。家で寝ていても景色は全然変わってくれないし、多少体はきつくても自分の時間をどうしたら楽しく過ごせるか、それだけを考えてきました」

 本書は一章「山から学んだこと」と二章「それでもわたしは山に登る」の二部構成。前半には氏が50年の登山生活で得た山の知恵が、後半にはがんの発覚から現在までの経緯が綴られる。

「2007年に乳がんをやった時も、ああ、私にも来たかと思ったんですが、病気のことは伝聞や噂ではなく、自分の言葉で伝えたかった。特に抗がん剤治療中は余計な気を遣いたくなかったので、周囲には黙ってテレビにも出たし、『東北支援の夕べ』では真赤なドレス姿でシャンソンも歌いました(笑い)。

 このコンサートは『被災した東北の高校生を日本一の富士山へ』プロジェクトの募金が目的で、手術して退院の翌日に行きましたよ、富士山へ。その時は5合目まででしたが、今年は山頂まで登ることもでき、この夏休みの富士登山は今後も続けられる限り続けたい」

〈次から次と先の計画ができていくというのは大変だが楽しいことである〉とあるが、そのスケジュールの密度たるや半端ではない。抗がん剤投与の合間を縫って故郷三春町の滝桜ツアーを率い、術後だけでバングラデシュやチェコなど“その国の最高峰”を5つ制覇。記録は現時点で65に伸びた。

「自分のまだ知らない世界を自分の目で見たいというのが、私が山に登る最大の動機。そのまだ見ぬ世界へ歩みを進めるごとに景色は動き、その一歩一歩にああ、生きてるなあって思うのね。歩いている間は何も考えない“無”の状態なんですが、それでも足は足場のいいところを選んで歩き、自分を山頂へ運んでくれる。同じように抗がん剤で足が痺れるのも生きてるからで、近ごろは何でも生きてる証拠にしちゃうんです(笑い)」

●田部井淳子(たべい・じゅんこ):1939年福島県三春町生まれ。昭和女子大学卒。1975年、エベレスト(8848m)の世界初女性登頂者となり、女性初七大陸最高峰登頂者としても著名。現在NPO法人HAT-Jで震災復興支援や、「被災した東北の高校生を日本一の富士山へ」プロジェクト等に尽力し、本書の印税も一部寄付。各国最高峰・地点の到達記録「65」は今後も更新予定で、著書は他に『山の単語帳』等。152cm、A型。

構成■橋本紀子

※週刊ポスト2013年11月22日号

関連キーワード

関連記事

トピックス

広末涼子(時事通信フォト)
【自称・広末涼子容疑者が逮捕】「とってもとっても大スキよ…」台湾フェスで歌声披露して喝采浴びたばかりなのに… 看護師女性に蹴り、傷害容疑
NEWSポストセブン
北極域研究船の命名・進水式に出席した愛子さま(時事通信フォト)
「本番前のリハーサルで斧を手にして“重いですね”」愛子さまご公務の入念な下準備と器用な手さばき
NEWSポストセブン
麻布台ヒルズの個展には大勢の人が詰めかけている
世界的現代美術家・松山智一氏が問いかける“社会通念上の価値の正体” 『うまい棒 げんだいびじゅつ味』で表現したかったこと
週刊ポスト
自宅で亡くなっているのが見つかった中山美穂さん
《中山美穂さん死後4カ月》辻仁成が元妻の誕生日に投稿していた「38文字」の想い…最後の“ワイルド恋人”が今も背負う「彼女の名前」
NEWSポストセブン
工藤遥加(左)の初優勝を支えた父・公康氏(時事通信フォト)
女子ゴルフ・工藤遥加、15年目の初優勝を支えた父子鷹 「勝ち方を教えてほしい」と父・工藤公康に頭を下げて、指導を受けたことも
週刊ポスト
山口組分裂抗争が終結に向けて大きく動いた。写真は「山口組新報」最新号に掲載された司忍組長
「うっすら笑みを浮かべる司忍組長」山口組分裂抗争“終結宣言”の前に…六代目山口組が機関紙「創立110周年」をお祝いで大幅リニューアル「歴代組長をカラー写真に」「金ピカ装丁」の“狙い”
NEWSポストセブン
中居正広氏と報告書に記載のあったホテルの「間取り」
中居正広氏と「タレントU」が女性アナらと4人で過ごした“38万円スイートルーム”は「男女2人きりになりやすいチョイス」
NEWSポストセブン
Tarou「中学校行かない宣言」に関する親の思いとは(本人Xより)
《小学生ゲーム実況YouTuberの「中学校通わない宣言」》両親が明かす“子育ての方針”「配信やゲームで得られる失敗経験が重要」稼いだお金は「個人会社で運営」
NEWSポストセブン
『月曜から夜ふかし』不適切編集の余波も(マツコ・デラックス/時事通信フォト)
『月曜から夜ふかし』不適切編集の余波、バカリズム脚本ドラマ『ホットスポット』配信&DVDへの影響はあるのか 日本テレビは「様々なご意見を頂戴しています」と回答
週刊ポスト
約6年ぶりに開催された宮中晩餐会に参加された愛子さま(時事通信)
《ティアラ着用せず》愛子さま、初めての宮中晩餐会を海外一部メディアが「物足りない初舞台」と指摘した理由
NEWSポストセブン
大谷翔平(時事通信)と妊娠中の真美子さん(大谷のInstagramより)
《妊娠中の真美子さんがスイートルーム室内で観戦》大谷翔平、特別な日に「奇跡のサヨナラHR」で感情爆発 妻のために用意していた「特別契約」の内容
NEWSポストセブン
沖縄・旭琉會の挨拶を受けた司忍組長
《雨に濡れた司忍組長》極秘外交に臨む六代目山口組 沖縄・旭琉會との会談で見せていた笑顔 分裂抗争は“風雲急を告げる”事態に
NEWSポストセブン