習近平主席と李克強首相という中国ナンバー1、ナンバー2の間にギクシャクが生じている。ジャーナリストの相馬勝氏が、9月に発生したある“事件”について、その内幕を解説する。
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政権内の権力闘争再燃を思わせるちょっとした“事件”が起きた。「リコノミクス」といわれる李克強の経済政策のなかにあって最重要の改革モデルである上海自由経済試験区の除幕式に、なぜか李本人の姿がなかったのだ。
社会主義的な規制が残る金融や貿易の弊害を取り除き、金利の自由化や人民元・外国通貨兌換の制限撤廃、一部の関税障壁の除去や手続きの大幅な緩和など、欧米や日本にならった先進的な経済システムへの移行を盛り込んだ重要な改革モデルである。11月に行なわれる第18期中央委員会第3回総会(3中総会)でもその是非が協議されるリコノミクスの要だ。
しかも、李克強は9月27日から江蘇省と上海市の視察中で、除幕式が行なわれた29日には上海にいた。ところが除幕式に出席したのは党政治局員でもない高虎城・商務相だった。ある上海市幹部は「習近平指導部は、自由貿易や金融改革で必ずしも一致していないのでは」と懸念する。中国政府の内部事情に詳しい在北京の経済紙記者が明かした“李克強行方不明事件”の内幕は以下の通りだ。
上海に乗り込んだ李克強に「党政治局員以上は『八項規定』を再度徹底せよ」との習近平のメッセージが届いたという。八項規定とは昨年12月、指導部発足後初の党政治局会議で習近平が打ち出したもので、会議の簡素化や倹約の励行などを謳っていた。
特に、視察では随行者を減らし、大衆による送迎を用意せず、歓迎の絨毯を敷かず、花を飾らず、宴席を設けない、そして儀礼的な除幕式などには極力参加しないとされた。「つまり、李克強は習近平に除幕式参加を禁止されたのだ」と記者氏は指摘する。
習近平が改革に消極的なのかはさらに慎重に判断する必要があるが、少なくとも最近の保守強硬派ぶりは度が過ぎているように映る。中国政府は10月中旬、報道関係者25万人に対して、「中国の特色ある社会主義」や「マルクス主義報道観」などイデオロギー色の強い問題について研修と試験を受けさせると発表した。習近平は今年8月にも全国の宣伝担当者の会議で、「イデオロギー工作は党の極めて重要な任務」と述べて言論統制を強める構えをみせていただけに気になる動きだ。
さらに北京大学は著名な改革派経済学者、夏業良・経済学院副教授を解雇した。夏副教授は、ノーベル平和賞を受賞した服役中の反体制作家・劉暁波氏らが起草し、中国の民主化を求めた「〇八憲章」の署名者として知られる。習近平の左傾化と、改革推進を主導する李克強への“仕打ち”は無関係ではあるまい。
一方の李克強は9月30日の国慶節の祝賀レセプションで演説し、習近平の標榜する「中国の夢」について申し訳程度に1回言及しただけだった。その代わり胡錦濤の科学的発展観を強調してみせた。
北京の共産党筋は「波乱含みの展開だ。習・李の間で暗闘が繰り広げられているのは間違いない。しかし、総書記である習近平が強いことは当然で、李克強は常務委員7人中唯一の改革派だから多勢に無勢でもある。3中総会で改革案が骨抜きにされるのは目に見えている」と指摘する。
※SAPIO2013年12月号