長年の体調不良が、ついに呼吸困難となって表れ、死の淵に追いやられたことを自覚したノンフィクション作家の工藤美代子さん(63才)。それが思いもよらないうつ病だったことを知らされ、新たな治療と病院探しに奔走することになる。自らの闘病体験はもとより、他の体験もルポし、そこから見えてきた、現在のうつ病治療、うつ病ゆえの社会の偏見など、全国で100万人を超えるといううつ病の実態を多角的にあぶり出す書『うつ病放浪記』(講談社)を出版した。
絶えない笑顔、工藤さんへのインタビューは楽しく、時間を忘れる。こんな著者がうつ病で、「今も治療薬をのんでいます」と言っても、驚くだけだが、
「私自身も、まさか自分がなるとは、という思いでしたね。思い当たることがないんですもの。仕事で締め切りに追われるようなストレスはないし、夫に愛人がいるとも思えない(笑い)。自己実現欲望もないですし、100円ショップに行っていれば充分に楽しい私なんですから」
夫婦ふたりの暮らしゆえ、日々の家事は負担に感じるほどのものでもない。ところが、今からほぼ2年前の冬、突然呼吸困難に陥り、死の恐怖がよぎった。救急車で病院へ搬送されて、さまざまな検査を受けた。
でも、どこにも異常はない。死の恐怖から解放されて、安堵の涙を流す著者に、精神科の医師が言った。「うつ病の薬をのんでみませんか」。
「次の瞬間、“私は違います。だって、自殺しようと思ったことも絶対にないですから”と私は大声で叫んでいたんです。私がうつ病になる理由なんかない、と。だから、抗うつ薬ものみたくない、と抵抗しました。薬は一度のんだらやめられなくなるのでは、という恐れもありました」
医師は冷静に続けた。
「工藤さん、あなたの症状を伝えたら、どこの精神科でもうつ病と診断しますよ」
著者は48才のとき子宮筋腫で子宮の全摘手術を受け、そのころからめまい、頭痛、手足のしびれなどに苦しんできた。いくつもの病院を渡り歩いたが、更年期障害、自律神経失調症と診断された。そんな苦しみの14年間が、実は「うつ病との自覚がないまま放浪」の日々だったことを初めて知るのだ。服用に抵抗があった抗うつ薬も、のんでみると、
「歩くとき足を上げるって、こんなに楽なことだったのね、という驚きだったんです。それまで足はいつも水に浸かっているような冷たさで、足取りは重い。かといって、お風呂に入ると心臓がどきどきして怖いし、入ろうという元気もなくなっていたんです」
通っていた整体院で、「加齢臭がしますよ」と言われたことがあるが、「シャンプーも満足にできないのだから、当然だと思った」と今は笑って話せる。
(取材・文/由井りょう子)
※女性セブン2013年12月5日号