【書評】『臨時軍事費特別会計 帝国日本を破滅させた魔性の制度』鈴木晟著/講談社/2100円
【評者】平山周吉(雑文家)
国家の事業で一番のカネ喰い虫は戦争である。日露戦争の時に高橋是清が欧米を廻って必死にかき集めた戦費(外債)は八億円だった。日本はおカネが続かなくなり、賠償金ゼロでポーツマス条約をロシアと結んだ。そのことを思い出せば、昭和十二年の支那事変勃発から敗戦までの八年間、よくぞカネが続いたものだと感嘆するが、そのカラクリを解明したのが本書である。
「臨時軍事費特別会計」という名の打出の小槌があった。日清、日露、第一次大戦の時にも便利に使われたこの制度が、昭和十二年九月に議会をあっさりと通る。条文はたったの二条。戦争終了までを一会計年度とする、というのが味噌である。
ドンブリ勘定でどんどん金額は膨らみ、決算は先延ばしにされ、大蔵省主計局が査定しようにも軍事機密だからと詳しい内容は開示されない。国会も非常時ということで、実質審議なしで、五日ほどで通過してしまう。
使いに使った総額は一千七百億円。日銀の国債引受けで国債を発行し、捻出したカネがその八割以上を占める。戦時中のニュースや新聞を見ると「国債を買ひませう」の広告がやたらと目立つ。お国は金集めに血まなこだったのだ。
戦争は終わった。溜まりに溜まった国債や借入金は二千億円弱。昭和十九年に賀屋興宣蔵相が「国家が敗れましては、国債の元利償還などは問題にもならない」と答弁している。その通りになるのである。
外交史研究家の著者は本書の中でさまざまな興味深い数字を表にしている。それらは「加減乗除のみ」で出来るという。つまり、桁数こそ多いが、小学生でもできてしまう簡単な計算なのだ。「臨時」とか「特別」とかの隠れ蓑を使うやり口なら今でもありそうな現象である。
より広い視野から戦争とカネの問題を知るには、財務省出身で、現役の内閣府事務次官・松元崇の『持たざる国への道―あの戦争と大日本帝国の破綻』(中公文庫)という名著もある。
※週刊ポスト2013年12月6日号