40年前に諦めた、映画を撮る夢を70代で叶えたことで、現在話題のやまさき十三監督(72才)。漫画『釣りバカ日誌』シリーズの原作者として知られる彼の監督デビュー作となる『あさひるばん』(11月29日公開)は、監督自身の人生と重なるような作品だった。話は五十数年前にさかのぼる。
「高校野球というのは結構残酷で、ものすごく切ない物語がいっぱいあるんですよ。甲子園という頂点の下には、全国の数え切れない高校球児たちがいる。ぼくもそのひとりなのですが…」
そう言って、監督はこんな話を聞かせてくれた。
「ぼくは中学の時、野球をしていてピッチャーでした。当時から身長が170cmくらいあったから、結構速い球が投げられて、全国大会で優勝もしたんですね。
うちは文房具屋だったのですが、家業は兄が継いでいたので、父親は、ぼくの野球に期待してくれてね。ぼくには弟と妹もいるのですが、県大会で優勝する頃は、確実に彼らのおかずよりぼくのおかずの方がよかったくらいでした。彼らがサンマなら、ぼくは親父と同じブリとかね(笑い)。
高校でも野球部の監督の家に下宿させてもらったりして、周りからも期待されているのを感じていたんです。
それが、高校2年の時に腰痛で野球ができなくなったんです。それまで思い描いていた、野球で六大学に行って、社会人野球をしながら結婚して…という、小さな夢に挫折したときは、それなりにショックでね。ちょっと不良したというか、勉強もせずにぶらぶら映画ばかり見ていたんです。
その頃に、それまで見た映画とはちょっと毛色が違うヌーベルヴァーグの『スリ(掏摸)』や『抵抗死刑囚の手記より』(共に、ロベール・ブレッソン監督)を見て、あっこんな映画もあるんだ、映画っていいなと思って、映画監督になりたいと思うようになりました」
父や周りの期待を裏切ってしまったという心の重荷を抱えながらも、映画に希望を見出した彼は、早稲田大学第一文学部演劇専修を卒業。映画監督を目指すが、当時の各映画会社の採用は針の穴より狭き門だった。テレビ映画の制作会社・東映東京制作所で契約助監督の道を見つけ、10年間、経験を積むことになる。
そして、当時人気だったテレビドラマ『キイハンター』で監督デビューのチャンスがくるが、その話は、目前でとん挫してしまう。
「制作に入る直前に会社とケンカしちゃってね。それで撮れなくなったんですが、そんな時、編集者をしていた友人から、“映画の脚本が書けるのなら、漫画の原作も書けるだろう”と声をかけられたんです」(やまさき監督)
さらにその友人から“漫画原作の世界は、二足のわらじが履けるほど甘いもんじゃない”とも言われ、映画監督になる夢はきっぱりと諦め、漫画の原作者の道へと進むことになった。
そして、漫画原作者となった彼は、『釣りバカ』シリーズで一躍注目を集め、目覚ましい活躍をしていく。
「漫画原作者になって初めて高校時代の恩師に連絡を取ることができたのですが、その時、先生が気持ちよくご馳走してくれて。ようやく肩の荷が下りた感じだったんです」(やまさき監督)
※女性セブン2013年12月12日号