アメリカNBCテレビが放送する公開オーディション番組「アメリカズ・ゴット・タレント(AGT)」。様々なパフォーマンスを競うこの番組の第8回チャンピオンに、日本人のダンスパフォーマー、蛯名健一さんが輝いた。約7万5千組の応募者の頂点に立った賞金は100万ドル(約1億円)。日本人の優勝は初めてのことである。
AGTは、英国版で歌手のスーザン・ボイルさんを輩出したことで知られる人気番組だ。歌手をはじめ、ダンサー、マジシャン、コメディアンら、様々なジャンルのパフォーマーらが出場するなか、身体表現者が優勝したのも番組史上初。蛯名さんはいかにしてチャンピオンになったのか。インタビュー【前編】では、蛯名さんが「Dance-ish」と呼ぶ独自のパフォーマンスについて聞いた。【後編】では、帰宅部の「普通の高校生」だったという蛯名さんが失恋をきっかけに渡米、全米を熱狂させるまでの道のりをお届けする。
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――AGT優勝おめでとうございます。勝因は何だとお考えですか?
蛯名:僕は米国でパフォーマーとして10年以上生計を立てていて、今回のAGTは、プロモーションのために出場しました。知名度をアップさせて、今後の仕事につながればいいなと。つまり優勝を目指していたわけではないし、自信もなかったので、「優勝しちゃった」というのが本音です(笑)。ただ、振り返ってみれば、そのプロモーションのために採った戦略が、勝因につながったのだと思います。
――プロモーションのために採った戦略とは?
蛯名:僕は全部で5回パフォーマンスをしています。そのすべてが、全く違ったコンセプトであり構成のパフォーマンス。一つは「マトリックス」をテーマに、ダンスと武術を合わせた演技。それからロボットダンス。また、ゲームのキャラクターに扮して、映像に映し出される自分で演じた敵や美女を次々に倒してクリアしていく演出もしたし、死から天使に連れられて昇天するといったアート性を押し出した演技もしました。
色々やったのは、演出家としての“幅”を見せたかったから。それも、準々決勝以降はすべて新作。もし勝ちを狙っていたら、自分が強いスタイルの中での演出で、リスクの少ない選択していたんじゃないかと思います。
でも結果的に、毎回の目新しさが審査員や観客に受けた。この番組って、何度もパフォーマンスをするので、同じようなことをしていると、最初のインパクトがすごくても、どうしても少しずつ飽きてくるんですね。僕の場合は「Dance-ish」だから、ダンスにこだわることなく毎回新しいことができた、というのもあります。
――「Dance-ish」とは何でしょう?
蛯名:僕の造語で、「ダンスのようなもの」です。
僕はダンサーと言われたりもしますが、実は僕のパフォーマンスのなかでダンスって1、2割程度。ダンスをしてる、という意識はないんです。今回のAGTでもそうでしたが、映像あり演技ありマイムあり。何でもあり。ダンスだけよりも当然、パフォーマンスの幅が広くなる。この「Dance-ish」に辿り着いたのは、己を知った結果です。
――己を知ったとは、何かを悟られたのでしょうか。
蛯名:僕はダンスはそんなにうまくないんです。それに見た目もダメ。世界中からダンサーを目指す人が集まる米国において、アジア人のスタイルは不利だし、なかでも大きくない僕は厳しい。若い頃はそれでも、「ダンサー」としても挑戦してみましたがダメで、もうこれは認めるしかないと、見切りをつけました。
そもそも僕がやりたいことは、カッコよく踊ることでも、有名人のバックダンサーとして踊ることでもなく、パフォーマンスで人を楽しませること。これができるならダンスじゃなくてもいい。それに人と違うことをした方が目立つ。実際、僕のパフォーマンスでウケるのは、ダンス以外の部分なんです。