中国が尖閣諸島を含む東シナ海の上空に防空識別圏を設定した。防空識別圏は国際法に基づく規定ではなく、各国が国内法に基づいて任意に定める空域だ。
日本はすでに同地域に設定済みで、中国が設定した空域とは尖閣上空を含めて相当、重なり合っている。これで戦闘機が互いに緊急発進(スクランブル)する事態が起きる可能性が高まった。
戦闘機は艦船より格段に動きが早い。これまで海上では双方の艦船が放水合戦をする程度にとどまっていたが、空中、それも戦闘機となると何が起きるか分からない。まさに一触即発である。
この事態をどう考えたらいいか。私は鍵を握るのは米国とみる。米国は異例に動きが早かった。中国が識別圏を発表すると、米国は直ちにケリー国務長官とヘーゲル国防長官が声明を発表した。
なかでもヘーゲル長官は、尖閣諸島が「日米安保条約第5条の適用対象である」と再確認したうえで「地域における米軍の軍事作戦に一切、変更はない」と言い切った。11月26日には識別圏内でB52戦略爆撃機が訓練飛行した。米国は「脅しには屈しない」と最初から強硬姿勢なのだ。
米国はこれまで中国の軍事力拡大に警戒心を抱きながらも、仮想敵国の一歩手前である「脅威」と名指しするのは注意深く避けていた。たとえば、国防総省が5月、議会に提出した中国報告書はこう書いている。
「米国は中国と軍同士の関係を強化する一方、中国の軍事戦略、基本原則(ドクトリン)、軍拡を監視し、軍近代化計画について透明性を増すように促し続ける」
さらに、こうだ。
「中国は平和的台頭とか『覇権は求めない』などと言っている。だが、拡大する軍事能力に関する透明性の欠如は、中国の意図について懸念を増幅しているのだ」
もう少しで「中国は脅威だ」と言いたいところを、ぎりぎりで寸止めしていたのである。だが、それも限界ではないか。もしも中国が設定した防空識別圏で不測の事態が起きれば、日本だけでなく米国も黙っていないだろう。
9月の無人機による尖閣沖上空飛行の際、中国は「撃ち落とせば戦争行為」と挑発していた。これからは無人機どころか航空機が焦点である。事態は急速に悪化している。
それにしても、日本の一部には、まだ甘い現状認識が残っている。たとえば、日本共産党は「日本は領有権の紛争があるのを認めて中国と交渉すべきだ」などと言っている。特定秘密保護法案についても「米国の言いなりだ」という主張だ。
法案に問題があるのはその通りだろう。だが、肝心なのは「日本の平和と安全がかつてなく脅かされている」という現実ではないか。
(文中敬称略)
文■長谷川幸洋:東京新聞・中日新聞論説副主幹。1953年生まれ。ジョンズ・ホプキンス大学大学院卒。政府の規制改革会議委員。近著に『2020年新聞は生き残れるか』(講談社)
※週刊ポスト2013年12月13日号