大女優でありながら、夫・萬屋錦之介の借金などもあり、お金に苦労した淡路恵子さん(80才)。そんな淡路さんに、当時のお金にまつわるお話を伺った。
* * *
今月はどのくらい働いたのか、それがいくらのお金になるのか、きちんと把握するのって大切なことよね。わかってないと、生活の計画が立てられないから。そういう意味じゃ、私の人生、お金の流れが不透明すぎて本当に大変だったわよ。
夫の(萬屋)錦之介さんは1968年に『祇園祭』って映画をプロデュースしたのね。同時にプロダクションを立ち上げたわけ。それが中村プロダクション。当時はとにかくお金がかかったわ。
錦之介さんは役者バカだからいい映画を作りたくって、自分が心底納得できるまで妥協しないの。製作の途中で何度も脚本を直したり、監督が代わったりでもう大変。そもそもこの映画、製作費が高すぎるからって一度お蔵入りになってるんですよ。それを錦之介さんが持ち前のバイタリティーと無謀な金銭感覚を発揮して、ようやく日の目を見たの。
当時は映画会社同士のしがらみが強い時代でね。でも錦之介さんはそれを超えて役者やスタッフを集めたがるわけ。それはそれは、ものすごいパワーだった。おかげで各映画会社からそうそうたるトップが大集結よ。
志村喬さんに岩下志麻さん、美空ひばりさんに三船敏郎さん、渥美清さんや田村高廣さんも出ていらっしゃったわね。すごいでしょ。当時としては快挙。ただ、その分、お金もかかる(笑い)。
電線が一本たりとも映り込まない広大なロケ現場の確保とか、祇園祭の迫力を出すために京都市民を大動員した群衆シーンとか。もう湯水のようにお金が出ていくわけ。おかげでいい映画ができました。興行的にも成功だったけど、ヒヤヒヤしたもの。
だって、お金が会社に入ってくるのは何か月も先でしょ。ところがすぐに払わなきゃいけないものがたくさんあるから、銀行から借りて払う。利子はかさむ。次の作品の準備は始まる。おっきな車輪の自転車操業よね。
今どれだけ手元にあって、来月どれだけ出て行くのか、どこまでが『祇園祭』の収入で、どこからが借金なのか、まったくわからない状態。やりくりするのはぜんぶ私。ストレスはたまるけどお金はたまらない(笑い)。
女優・淡路恵子として働いたお金も会社の払いに消えてさ。もう悲しいやら悔しいやら…。そこで考えたわけ。現金でもらうから消えちゃうんだ。だったらモノでもらっちゃえって。
その頃、宝石関係のCMを毎年やらせていただいてたの。この出演料をある年だけ現金じゃなくて、ダイヤモンドでいただいたんですよ。数千万円もするような、4カラット以上の豪華なダイヤ。恵子のKをあしらったプラチナの土台にのっけてね…素敵だったわ。だからその年だけ私のCM出演料は中村プロには入らずに、私の薬指にのっかったってわけ(笑い)。
※女性セブン2013年12月12日号