【書評】『ハリウッド検視ファイル トーマス野口の遺言』山田敏弘/新潮社/1575円
【評者】川本三郎(評論家)
アメリカの犯罪捜査では検視官の役割が大きい。事件が起るとすぐに現場に駆けつけ、死体を調べる。解剖して死因を特定する。殺人か事故かを判断する。検視官の仕事がいかに重要かはテレビドラマ「ドクター刑事クインシー」や「CSI:学捜査班」などで日本でも知られるようになった。医師で捜査権も持つ。
トーマス野口(一九二七~)は一九六七年から十五年にわたってロサンゼルス地区検視局で局長を務めた。刑事コロンボと仕事したこともあるかもしれない!? その名前から日系人のようだが日本生まれ。横須賀で耳鼻咽喉科の医師の子として育ち、医学を志す。日本医科大学を出たあと、一九五二年に渡米。猛勉強して検視官になった。まだアメリカが遠かった時代に海を渡った勇気ある日本人である。
その名がアメリカで知られるようになるのは、一九六二年にマリリン・モンローの検視を手がけてから。いまも陰謀説が消えない大スターの突然の死を「睡眠薬の多量摂取による自殺」とした。
これで名を挙げ、以後、暗殺されたロバート・ケネディ、チャールズ・マンソン事件の犠牲になった女優シャロン・テート、薬物中毒死した俳優ジョン・ベルーシと歌手ジャニス・ジョプリンら大物の検視を次々に手がけ、その死因を明らかにしていった。
しかし、名声が高まれば反発も強まる。とくに日本人であることが白人社会の差別意識をかきたてつねに偏見にさらされた。そのたびに果敢に戦うのだが、最後は、検視局長を解任されてしまう。
本書は、トーマス野口の、この差別との戦いにも大きくページを割き、先駆者の試練を丹念に描き出している。検視は死者のプライバシーとも深く関わる。名優ウイリアム・ホールデンがアルコール依存症の末に事故死した時、その事実を明らかにしたため俳優仲間のフランク・シナトラに、プライバシーの侵害だと批判された。検視官のつらさだろう。
※週刊ポスト2013年12月13日号