ボルチモアの昼下がり。レッドソックスの本拠地ボストンの夜空に右手の人差し指を突き上げたあの日から3週間。上原浩治(38)は、アメリカ東海岸の港町で安息の時間に身を委ねていた。
「ワールドシリーズが終わってからは何もしていないですよ、正直。ここ1週間はトレーニングを開始しましたけど、それまでは食べたい時に食べて、飲みたい時に飲んで、寝たい時に寝て。そういう生活がしたかったので」(上原。以下「」内同)
世界一のシャンパンファイトを終えた選手らは、おのおのの休息を求めて各地へ散った。上原もまた、ボストンから自宅があるボルチモアへ足早に向かった。車で約7時間の道のり。
朝の目覚めにアラーム音はない。太陽の光とともに、ゆっくりと瞼を開ける生活を送った。
「帰って2週間ぐらいは、ひたすら満腹感と幸せを感じていましたね。お酒も、その時だけは好きなだけ飲んでいいわけじゃないですか。あと、小さいロールケーキをひとりで食べるとか」
食後のデザートは欠かさない。伊勢名物の『赤福餅』が好物だという甘党の上原は、5ドル90セント(約600円)の小さなロールケーキを「3日間かけてひとりで食べた」といって笑う。
「あとは深夜にポテトチップスとビールとか。そういうことがしたかったわけですよ。それができた喜びがありましたね」
シーズン途中から絶対的なクローザー(抑え投手)として、ポストシーズンを含めれば年間86試合に登板。ア・リーグ優勝決定シリーズでMVPを獲得し、ワールドシリーズでは胴上げ投手になった2013年。野球一色に染めた生活では叶わない「暴飲暴食がしたかった」という願いは、自分自身への褒美だった。
取材・文■佐々木亨(スポーツライター)
撮影■藤岡雅樹
※週刊ポスト2013年12月20・27日号