ファッション、音楽、演劇……サブカルチャーの発信地として知られる東京・下北沢の街並みが、いま大きく変わろうとしている。
小田急線の下北沢駅は地下化によって、線路跡地にショッピング施設や防災機能を備えた緑地などができる計画になっている。だが、地元住民の手による「新しい観光名所づくり」も着々と進んでいる。
下北沢の店舗情報などを発信するポータルサイト『ぶらり下北沢』を運営する鍛治川直広さん(34)が精力的に取り組んでいるのは、喫煙マナーの向上を目的にしたオシャレな街づくりだ。
「歩きタバコやポイ捨てによる治安悪化、街の美観喪失を何とかしたいと思い、今年3月から飲食店を中心に喫煙ルールステッカーを150店舗に配ったり、下北沢の喫煙スペースマップを作成したりしています」(鍛治川さん)
しかし、単に喫煙マナーの改善を訴える取り組みであれば、他の地域でもやっている。むしろ鍛治川さんがこだわったのは、「ネガティブな喫煙イメージをアートやデザインの力でポジティブに変換すること」だった。
「私はタバコを排除するのではなく、吸う人も吸わない人もみんなが楽しめる共存空間を創り出したいと考えました。そこで、クリエイター養成スクールのバンタンデザイン研究所の協力を得て、街中の喫煙所12か所に設置する灰皿に11種類17個のデザインシートを貼り付けました」
実際に記者が“デザイン灰皿”を見て回ると、小人が住む森をイメージしたものや、ロケットをあしらったものなど、独創的なアイデアが散りばめられていた。
<コビト居住区は喫煙OKです。どうぞゆっくりしていって下さい>
<ハートに火をつけて空の彼方へGO! 注)灰皿には絶対に点火しないでください>
といったユーモア溢れる文言も、日頃、肩身の狭い思いをしている喫煙者たちの心を和ませてくれる。
「ロボットのデザイン灰皿は男女2種類のバージョンがあり、吸い殻を燃料にして満タンになったら動き出して二人でデートする――なんてコンセプトまであります。こうして住民も来街者もワクワクして楽しくなるような街にしていきたいのです」(鍛治川さん)
店の前に灰皿を設置すると、本来の客層とは違う人たちが集まり、灰皿以外で火種を消したり、ゴミを落としたりするため、評判が悪くなると考える人もいるだろう。だが、下北沢のデザイン灰皿の周辺は驚くほどキレイだ。その理由を鍛治川さんはこう推測する。
「下北沢はいい意味で緩い街だから、堅苦しい注意書きはかえって嫌われてマナーの向上にもつながらなかったかもしれません。いずれにせよ、喫煙所設置によるポイ捨ての減少は、渋谷で6割減、新橋で5割~3割減と効果は出ているそうです。街の魅力をアップさせる分煙マナーの取り組みはこれからも継続していきます」
ちなみに、鍛治川さんは駅前にできる広場にも喫煙所を設置してほしいと世田谷区長に申し入れている。
「もちろん、ごく普通の喫煙所にはしたくありません。『下北沢といえば駅前の喫煙所』と言われ、タバコを吸わない人も思わず立ち寄って写真を撮りたくなるようなスペースにしたいです」(鍛治川さん)
喫煙行為およびたばこそのものをネガティブなイメージで捉えるから、分煙 も“推進”といいながら、半ば“強制的”になる。だが、下北沢のケースを見てみると、アイデアひとつで喫煙者と非喫煙者が共存し、互いに許し合える街づくりができることを証明している。