【映画評】山下敦弘監督「もらとりあむタマ子」
【評者】川本三郎(評論家)
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前田敦子が、ぐうたら娘を演じるとは意表を突く。おしゃれとも恋愛とも無縁。ジャージ姿で寝ころんでマンガを読んだり、ゲームで遊んだり。青春の輝きなどまるでない。
アイドルが無気力な女の子を演じる。意外で新鮮。こういう役を好んで選ぶとは、前田敦子は女優として面白い。
主人公のタマ子は、東京の大学を卒業して地方都市の実家に帰ってきた(甲府でロケされている)。父親(康すおん)は町で小さなスポーツ店を開いている。離婚して一人暮し。そこに娘が帰ってきた。
仕事を手伝ってくれるかと思ったら、毎日ぐうたらしている。就職活動もしていない。父親は心配するが、面と向かっては何もいえない。父と娘の日々の暮しが淡々と描かれてゆく。大きな事件は起らないし、登場人物もわずか。上映時間も一時間半たらず。
小品だが、この親子を見ているだけで面白い。地方の町の小さな店にふさわしいこぶりの良さがある。
父親は働き者。小さな店だから従業員はいない。父親が一人で店を切りまわす。店の仕事だけでなく、家事もする。食事の支度、掃除、洗濯(娘の下着も!)。
一方、娘はぐうたらしている。朝遅く起きてきて父親が用意してくれた朝御飯を食べる。父親が「就職どうするんだ」と聞いても、けだるそうに「そのうちする」と答えるだけ。
何もかも一人でする働き者の父親と、何もしない娘。この親子関係が笑わせる。娘は、べつに反抗的ではない。ひきこもりでもない。ただ決断を先延ばしにしているだけ。まさにモラトリアム人間。
この家は、いまどき珍しく座卓。冬はこたつで食事をする。昭和の匂いがする。それが映画全体にのんびりした雰囲気を与えている。
事件らしいものが起る。
父親に女友達(富田靖子)が出来る。店の近くでアクセサリー教室を開いている。きれいで人柄もよさそう。ひょっとすると父親はこの女性と再婚するかもしれない。そうなったらタマ子は家に居場所はなくなる。ぐうたらしてはいられなくなる。
はじめてタマ子は決断を迫られる。
父親が料理好きというのも面白い。ロールキャベツ、サンマの塩焼き、ゴーヤーチャンプルー。年越しそばのだしも、きちんとかつおとこんぶでとる。
親子が差し向かいで食事をする。二人とも「いただきます」と手を合わせる。そのささやかなしぐさが観客の心をなごませる。家族の良さは、日常のこういう何気ないところにあるのかもしれない。
※SAPIO2014年1月号