今年8月、直木賞作家の小池真理子さん(61才)はひっそりと母を送った。8年近くにも及ぶ介護の苦悩は、ほとんど誰にも明かさぬままだった。小池さんはこう語る。
「ある日、妹から“ママが白蟻駆除の悪質業者に騙された”という連絡が入ったんです。急いで弁護士に相談して、クーリングオフ制度で事なきを得ました。でも、私は“これだけ世間で騒がれているのに、なぜ騙されたの?”と母のことを責めた。その時に返ってきた言葉を聞いて、大きな違和感を覚えました。母は幼子のように“だって、だって、わからなかったんだもん”と言ってすねたのです」(小池さん・以下「」内同)
そうかと思えば、しっかりとしている時もある。俗に言う“まだらボケ”だ。認知症の進行は緩慢なことが多いため、発見が遅れてしまうことも少なくない。
「母が大変なことになっているとは認めたくないという思いもありました。しばらく様子を見ようだなんて、今にして思えば問題を先送りにしていたんです。
でも“夜中に誰かが玄関をこじ開けようとするの”という母のSOSに、いよいよ変だと、久しぶりに実家を訪ねて愕然としました。部屋は荒れ放題、冷蔵庫の中はカビだらけ。買い物に行った形跡はなく、お菓子で食いつないでいたことが判明し…。結局、私がしばらくのあいだ実家で母と暮らすことにしたのです。
同居してみたらビックリすることの連続でした。例えば母がにおうんですよ。これは後に知ったことですが、洗顔や歯磨き、入浴が億劫になるというのは認知症の初発症状のひとつなんですね。浴室に行ってみたら、水の張られた浴槽や壁、タイルの床にも緑色のカビがビッシリと生えていた。
それでも私と妹が揃うと、昔、よく作ってくれたドーナツを揚げてくれました。グラグラになった油を放置するのを目の当たりにして、“よく今まで無事に生きてきたな”とヒヤヒヤする場面も多かった。
たまに作ってくれるおみそ汁は、中に何が入っているかが不明で食べられたものではありませんでしたし(苦笑)。
最初は本当に動揺しましたが、どんなふうになっても母は母。そう思うと母の認知症を受け入れることができました。ある種の覚悟を決めたのも、その頃です。
実家で私が着ていたニットセーターに小さな穴が空いてしまったので、裁縫が得意だった母に、“これ繕ってくれない?”と頼んだんです。もしかしたら、これが最後になるかもしれないと思いながら。母は嬉々としてセーターを受けとり、それはそれは時間を掛けて繕ってくれました。出来上がりは、糸の団子状態という酷いものでしたが、捨てることができず、大切に手元に残してあります」
※女性セブン2013年12月26日・2014年1月1日号