【書評】『あかんやつら 東映京都撮影所血風録』 春日太一著 文藝春秋 1943円(税込)
【評者】鈴木洋史(ノンフィクションライター)
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破天荒なエピソードや興味深い裏話、登場人物の魅力に引き込まれ、一気に読まされる。1ページも退屈しない傑作である。
京都の太秦にある東映京都撮影所前身時代から数えて66年余りの歴史を持ち、大衆的な作品作りを得意としてきた。1950年代の映画全盛時代を席巻した片岡千恵蔵、市川右太衛門らの時代劇、映画産業が斜陽化した1960年代後半にあってもヒットを重ねた鶴田浩二、高倉健らの任侠映画、1970年代半ばから後半に熱い支持を受けた「仁義なき戦い」シリーズと実録モノのヤクザ映画、そして低予算ポルノなどだ。
本書は、その設立から現在までの歴史を辿りつつ、映画製作の裏で繰り広げられたスタッフと俳優たちの実際のドラマを描いたノンフィクションである。
本書を読むと、東映京都撮影所は伝統的に型破りのエネルギーに満ちていたことがよくわかる。その個性を象徴するのがふたりの大プロデューサーだ。
ひとりは日本初の映画監督である「日本映画の父」牧野省三の次男・マキノ光雄。マキノは省三の「大衆娯楽主義」を引き継ぎ、初期の躍進の立役者となった。〈脚本には泣く・笑う・(手に汗)握るの三要素を入れろ〉〈物語のベースは痛快・明朗・スピーディや!〉が口癖で、黒沢、溝口、小津の三巨頭らの作品で国内外の賞を受賞する他社や映画を芸術と捉える評論家からいくら蔑まれようが、〈通俗的で何が悪い〉と胸を張った。
もうひとりは、マキノの薫陶を受けた岡田茂。高卒すら珍しく、小卒・中卒が多かった戦後間もない時期に東大卒で撮影所に入り、後に東映本社の社長・会長となって「中興の祖」と呼ばれた。
岡田は若い頃から度胸が据わり、武勇伝をいくつも残した。たとえば、松竹から引き抜いた美空ひばりの名前の序列を巡り、その後ろ盾である山口組3代目組長・田岡一雄に凄まれても一歩も引かず、それがきっかけで「あんたがヤクザなら俺以上の親分になっとる」と感心された。岡田は、温情を交えながら戦地帰りも多い荒くれ者の集団を統率し、天才的な閃きで企画を立ててヒット作を連発した。
その2人を軸に、俳優、監督から末端のスタッフに至るまで映画製作に関わる無数の人物が登場し、血と汗の臭いのするエピソードがこれでもかと紹介される。警察や鉄道会社や一般人を欺いてのゲリラ撮影、消防法も無視したような危険な撮影、チャンスを掴みたい大部屋俳優の命がけの演技、監督からスタッフへの理不尽極まりない要求、それに応えるスタッフの創意工夫と情熱、ヒロポンを打ちながらの徹夜作業……。
そこにはスクリーンで展開される以上の人間味に溢れたドラマがあり、劣悪な環境をはねのけて突き進む当時の映画人の心意気が伝わってくる。
※SAPIO2014年1月号