ライバル同士が熾烈な乗客争奪戦を繰り広げる日本~欧米間の航空路線にあって、80~90%台の高い搭乗率を誇るエアラインがある。日本の翼、JAL(日本航空)だ。2010年1月に経営破たんした同社が“起死回生の一手”に導入した新しいシートが、世界中を飛び回るビジネスマンや、旅慣れた旅行者たちの絶大な支持を得ているのだ。
2013年1月9日。満席の成田発ロンドン・ヒースロー行きのボーイング777-300ERは、業界が注目するフライトとなった。JALが新たに開発を進めてきたビジネスクラスシート『スカイスイート』の、初フライトだったのだ。
このフライトを誰よりも待ち望んでいたのは、『スカイスイート』の企画・開発に携わった顧客マーケティング本部の藤島浩一郎だ。
2007年末、藤島は商品とサービスの開発を担当する部署にやってきた。客室乗務員のサービスを統括・管理していた経験を持つ、機内サービスのプロだ。
着任した藤島が痛感したのは、長距離路線の座席、とくにビジネスクラスのシートの改善だった。
「当時ビジネスクラスでは、『シェルフラット』というリクライニング角度が170度のシートを採用していました。しかし他のエアラインでは、すでに180度水平になる、いわゆるフルフラットのシートが常識。正直、見劣りしている感は否めませんでした」
長距離路線では10時間以上も座り続けることになるシートの出来不出来は、乗客にとって切実な問題だ。だが、経営悪化で設備投資が凍結されていたJALには、新シートを開発する余裕などなかったのである。
2010年4月、そんな藤島に転機が訪れた。経営破たんしたJALを再建するためにやってきた稲盛和夫会長(当時)ら経営陣から、新シート開発の指令が出たのだ。
藤島にはアイデアがあった。それは2009年にドイツで開かれた航空機の内装展示会で見たシートである。
「アメリカのB/Eエアロスペース社に見せてもらったファーストクラス用のシートだったのですが、これを元にビジネスクラスのシートを開発すれば、1クラス上のサービスが提供できると思ったのです」
藤島を中心とした新シート開発チームが動き出した。