かつては旧ソビエト連邦の構成国の一つであり、1991年に独立を果たしたグルジア。日本人にとってはあまり馴染みのない国だろうが、世紀の独裁者・スターリンの出身国であったり、ワイン発祥の地であったりと掘り下げてみると色々な発見のある国でもある。特に、グルジアとロシアを隔てるように東西に走るコーカサス山脈は、ヨーロッパ最後の秘境(グルジアを中央アジアと分類するかどうかは置いておいて)とも言われるほど、知られざる魅力に溢れている。
コーカサス山脈に近い『上スヴァネティ地方』は、3000m級から5000m級の山々に囲まれる絶景スポットとなっており、ヨーロッパからの観光客や登山客は年々増えているほどだ。グルジア政府は、アルプス観光の基地・ツェルマット(スイス)のような街づくりを目指すとも言われており、今現在も急ピッチでインフラ整備が進んでいる。
とはいっても、そこは途上国。まだまだ不備は多く、世界遺産に登録されている同地方の『建造物群と文化的景観』を見ようものなら、片道何時間もかけて、ガタンゴトンと車に揺られながら行くほかない。そこまでして行くからにはさぞ美しい景観なのだろうと思うだろうが、そうではない。美しいではおさまらない、ゾクゾクするほど美しい景色が待っている。
“ゾクゾクする”。これは単なる比喩表現ではない。この地方の建造物群は、別名『復讐の塔』と呼ばれている恐怖の建物だったりするのだ。同地方のなかでもこの建物が林立しているウシュグリ村(人口約200人)は、まさに秘境中の秘境として名高く、公共の交通手段もないため、メスティアという町からジープや4WD車をチャーターしなければ行くことができない。
ヨーロッパで最も標高の高い海抜(約2400M)に位置する同村が持つ景観と雰囲気は、多くの旅人を虜にし、背景にそびえるグルジア最高峰のシハラ山(5201m)と林立する塔群の異様さは、なんとも言えない妖しさを醸し出している。
9世紀から12世紀に建てられた『復讐の塔』は、この地方特有の『血の掟』というルールに起因している。『自分または家族の一員が危害や侮辱を受けた場合、必ず相手またはその家族に復讐を果たす』(血讐)。
城郭を設けるなどして外敵から身を守る街単位の防衛策は数あれど、一個人単位で外敵から身を守る装置がある家は、世界広しといえど滅多にお目にかかれるものではない。グルジアは、キリスト教(グルジア正教)国家。「隣人を愛せよ」の一方で、「隣人に復讐せよ」という恐ろしい風習まではらんでいたとは、その懐の広さに驚くばかりだ。
一家に一台ならぬ一家に一塔、という規格外の中世の風習が息づくこの村は、まさに“中世のヨーロッパ”を堪能できる最後の秘境。妖しくも美しいこの雰囲気は、観光の開発が進めば進むほど薄れていくに違いない。興味を持った方は、早いうちに訪れてみてほしい。
なお、このような血で血を洗う因習は、チェチェンやアルバニアにもあると言われており、彼らは今なおその風習に生きているとも言われている。ウシュグリ村ももしかしたら…。