同級生を拉致し、リンチして殺害する。現実社会では、そうした小説顔負けの恐ろしい事件が増えている。「人間は、誰しも怪物になりうる。その悪意にブレーキをかけている他人への共感能力や想像力が鈍麻してきたのではないか」。大胆な仕掛けと緻密な構成のホラー小説で読者の心を惹きつける作家で、現在最新作『雀蜂』がベストセラーとなっている貴志祐介氏(54)は、そう警鐘を鳴らす。
──人はなぜ「ホラー」を求めるのか。
貴志:人間が「恐怖を求める生き物」であることが根本にあると思います。人間の進化の過程には、おそらく3種類の群れが存在した。何か恐怖を感じた時に、それをなかったことにする群れ。とにかく逃げようとする群れ。そしてもう一つは正体を確かめにいく群れ。その中で、正体を確かめにいく連中が勝ち残ってきたのではないかと思います。
正体を確かめにいけば、やられて死んでしまうリスクもあります。でも、無事に帰還できたら仲間に警告を出せるし、対処法も考えられる。我々の多くが恐怖に惹きつけられるのは、そうした本能が残っているからではないでしょうか。それに加えて、現代社会が極めてストレスの多い社会であることの影響もあると思います。
──ストレスが多いとホラーが読みたくなる?
貴志:人間にとっての脅威そのものは、自然の中で生活していた時よりも減っています。もちろん犯罪者はいるけれど、いきなり襲われて食われてしまうようなリスクはとても低いですよね。その半面、ちょっとした恐怖はものすごく増えていて、「漠然とした不安」で心が押し潰されそうになっている。
たとえば「真面目に働いても年金がもらえないのではないか」といった将来への不安もあれば、エイズやSARSなど新しい病気の脅威もある。隣国が攻めてくるのではないかといったことまで考えていると不安だらけになります。そうした情報が多すぎる。そういう時に頭をリセットする方法として、ホラーが求められるのだと思います。
──恐怖から逃れるために、別の種類の恐怖が必要になる。
貴志:悲しい時に楽しい音楽を聴いても、かえって腹が立ってきたりするものです。悲しい時は悲しい曲を聴いて、一度底まで沈むことで、また気力が湧いてくることがありますよね。現実に存在する様々な恐怖や不安を忘れる一つの方法は、まったく別の恐怖で頭をリセットすることなんです。
もちろん、ただ怖ければいいというものではない。たとえば尼崎で起きた連続変死事件を雑誌で報じてもあまり売れないと聞きましたが、あまりにも陰惨というか、読んでいて不愉快だからでしょう。現実を忘れるためには、読み終わった後の爽快感、カタルシスがあることが大事だと思っています。
※SAPIO2014年1月号