貴志祐介(きし・ゆうすけ)氏は1959年大阪生まれ。京都大学経済学部卒業後、生命保険会社に入社し、30歳の時、執筆活動に専念するため退社。1996年に「ISOLA」(『十三番目の人格 ISOLA』と改題し、角川ホラー文庫より刊行)で日本ホラー小説大賞長編賞佳作、翌1997年に『黒い家』で同大賞を受賞。
2010年に第1回山田風太郎賞を受賞した『悪の教典』(文藝春秋刊)は、2012年に映画化されて大きな話題を呼んだ。最新作『雀蜂』(角川ホラー文庫)もベストセラーとなっている貴志氏が、ホラー作品の執筆について語る。
──最新作は山荘に閉じ込められた作家がスズメバチの群れと格闘するストーリー。スズメバチの生態や行動パターンをかなり詳しく書き込んでいる。
貴志:スズメバチの生態についてはネットにも様々な情報が出ていますが、どこまで正確なものかわかりません。ですから専門書を読む必要がありますし、最終的には昆虫の専門家に質問をぶつけながら書いていきました。
たとえ読者が蜂に詳しくなくても、やはりリアリティがないと白けてしまうし、ご都合主義では迫力がなくなってしまうと思っています。動物パニックものというジャンルで全編を通してスズメバチと格闘するものはなかったと思いますが、新しいチャレンジを成功させるためには、そうした勉強が必要だったのです。
──非現実的な状況を描くホラーこそリアリティが欠かせない?
貴志:すんなりと作品世界に入ってもらうためには、作家が現実世界の制約をネグレクトしてはいけないと考えます。最近で言えば、携帯電話の普及によってホラーやミステリーはかなり書きづらくなりました(苦笑)。
『悪の教典』は蓮実聖司というサイコパス(反社会性パーソナリティ障害)の高校教師が学校内で大量殺人を起こす話ですが、執筆にあたってはほとんどが携帯電話との戦いでした。クライマックスで高校生たちが携帯を使えると話が成立しない。そのために一見無関係な別のエピソードを序盤に差し込んでおく必要がありました。
『ダークゾーン』という作品でも、舞台にした軍艦島(長崎県にある無人島)はさすがに圏外だろうと思っていたところ、調べてみたら電波が入る。なんでこんなところまでサービスを提供する必要があるんだ、と腹立たしく思いましたよ(笑)。世の中がどんどん便利になるという制約の中でいかにホラーを成立させるかが作家の腕の見せ所だと思います。
※SAPIO2014年1月号