【書評】『あのメニューが生まれた店』菊地武顕/コロナ・ブックス/1680円
【評者】関屋淳子(トラベル・ナビゲーター)
「和食=日本人の伝統的な食文化」がユネスコ(国連教育科学文化機関)の無形文化遺産に登録される。たしかに、わが国の食は豊かだ。
かつて、週刊誌に連載されていた人気ページを読むと、紹介されていた店へすぐにでも行きたくなったものだ。あらためて本書をめくったとたんに、あの垂涎の記憶がよみがえってきた。本書はタイトル通り、今ではすっかりお馴染みになった国民食の数々が、どこでどうやって産声を上げたのかが、綿密な取材をもとに紹介されている。すべてが日本初(ということは世界初)の物語だ。
前書きに<どの店でも取材に応じてくれた人が温かかった>とある通り、行間にはメニュー開発者の情熱や真心があふれ出ている。
たとえば、創業明治元年(1868)、横浜の名店『太田なわのれん』のすき焼きは、当時、肉を食べたことがなかった日本人が抵抗なく食べられるようにと、牛肉のぶつ切りを、獣臭を消す葱と一緒に味噌ダレで煮た。今は普通のすき焼きもメニューにあるが、客の9割以上がその元祖版「牛鍋」を注文するという。
また、大阪名物のたこ焼き。福島県出身の初代店主が昭和8年に大阪で屋台『会津屋』を始め、「ラヂオ焼き」を供したのが、たこ焼きの元祖だという。その名称については、ハイカラな食べ物だから当時の先進機器・ラヂオの名を冠したとか、丸く焼いた形がラヂオのつまみに似ていたからと諸説あるが、いずれにしても、丸い生地の中にすじ肉やコンニャク、豆などを入れて焼いていた。
その後、冷めても美味しい食材を、と試行錯誤を繰り返した末、昭和10年にタコを入れて売り出したのが当たった。衣に味がついているので、ソースもマヨネーズもかけないで食するのが同店の特徴だ。
本書は明治・大正・昭和の順に、メニューとそれを最初に供したお店が並ぶ。文明開化を経て、日本人が何を欲し、どのような料理を生み出してきたかという食の歴史も描かれているわけだ。
読み進むほどに、先人のあくなき探究心や“もったいない”精神、おもてなしの心という、日本人の美徳を感じずにはいられない。本書に掲出されたこれらの料理も、大いなる遺産として大切に食べ続けたいと思う。
※女性セブン2014年1月9・16日号