【書評】『田中角栄に消えた闇ガネ 「角円人士」が明かした最後の迷宮』森省歩/講談社/1785円
【評者】森永卓郎(経済アナリスト)
田中角栄は希有な政治家だから立花隆の「田中角栄研究」以降も、立花氏を含めて様々な作家やジャーナリストが田中角栄研究の本を出してきた。そしてそれは四十年経ったいまでも続いている。
田中角栄は、地方と大都市の経済格差を是正し、年金制度の礎を築き、そしてアジア外交を進めるなど大きな業績を残す一方で、金権体質を強く批判されてきた。本書は、田中金権にかかわる新事実を白日の下にさらしている。
柏崎刈羽原発の土地買い占め事件、そして後の韓国大統領・金大中の拉致事件、この二つは、これまで何が起きたのかが、十分分かっていなかった。それがいまになって真実がでてきたということは、著者のねばり強い取材の成果ではあるものの、やはり相当の年月が経って、関係者が本当のことをしゃべられるようになってきたという事情が大きいのだろう。本書で明らかにされた新事実は、「なるほどそういうことだったのか」と膝を打つ迫真性を持っている。
ただ、田中角栄と闇金とのかかわりを知るなかで、私の心境は複雑だった。どうしてもイメージが重なってしまうのが、徳洲会の創設者である徳田虎雄氏だったからだ。徳田氏は貧しい離島に生まれて辛い思いをしたからこそ、全国に医療施設を作ろうと決意し、そのために政治力を手に入れる必要に迫られた。
ただ、その手段として用いたのが、闇金だった。もちろん、私は違法な政治資金を容認する考えは毛頭持っていないが、田中角栄も徳田虎雄も、カネの力を使わなければ、影響力を行使できなかったということは、間違いのない事実だろう。天使と悪魔を同居させないと、政治力を行使できないというのが、残念ながら、いまだにこの国の実態なのだ。
ただし、どうしたらその体質から抜け出せるのか、いまのところ私にはアイデアがない。政治資金を厳しく縛るだけでは、結局政治家が力を持てずに、すでに力を持っている米国や財界や官僚に勝てないからだ。その意味で、本書は素晴らしいが、悩ましい本なのだ。
※週刊ポスト2014年1月17日号