北朝鮮で金正恩・第一書記の叔父で事実上のナンバー2であった張成沢(チャンソンテク)氏が突然失脚し、処刑された。昨年11月に訪朝して失脚直前の張氏と会談したのがアントニオ猪木・参院議員だ。猪木氏とインテリジェンス分析のプロである元外務省主任分析官・佐藤優氏が処刑の背景を語り合った。
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佐藤:今回の処刑の背景を私はこう分析しています。日本のメディアはまったく報じませんが、金正恩が最近『最後の勝利のために』という論文集を出しました。その内容からは金正恩が父・金正日の時代とは違う独自路線を歩もうとしていることが読み取れます。
ポイントは二つあって、一つは〈革命家の血筋を引いているからといって、その子がおのずと革命家になるわけではない〉という部分。もう一つは数学をはじめ基礎科学教育を新たに強化すべきだとしている点です。共通するのは今までとは違う基準で人材を評価するというところで、金正恩は「エリート層の入れ替え」を考えていると読めます。
張氏の失脚後に北朝鮮側とやり取りはありますか?
猪木:ええ、「猪木さんと今までやってきたことは今後も変わらず続けていく」とメッセージをもらいました。
佐藤:金正恩の論文の内容と符合します。指導部のプレーヤーを一部入れ替えても路線や人脈のかなりの部分を引き継いでいきたいわけです。他にどんな話があったのでしょうか。
猪木:短い時間でしたが、こちらが覚悟を持ちリスクを取って会いに行ったことをわかってくれていましたよ。こうした取り組みの正しさは歴史が証明すると言っていました。この会談の映像もどんどん公開してもらっていいと。
佐藤:「歴史が証明する」と?
猪木:ええ。 佐藤 旧ソ連の権力者たちもそうでしたが「歴史が証明する」と言うのは健康状態に問題がある時か政争に巻き込まれた時です。張氏は自分が窮地にあると認識した状況で猪木先生に会いたいと思った。これが重要なことだと思います。北朝鮮の首脳たちはプロレスを見ますか?
猪木:見てますね。11月に訪朝した時は、現地のテレビでプロレスの特集をしていました。私が師匠(力道山)の付き人をしている時代の映像であるとか、様々なフィルムを集めていましたね。それをみんなが見ているのでしょう。街を歩くと歓迎の声援がものすごかった。
佐藤:そうでしょう。旧ソ連でも猪木先生は大統領になる前のエリツィン氏やゴルバチョフ政権下の要人と会談しています。ソ連では表向きプロレス観戦は禁じられていた。ところが指導者層も格闘技が大好きだからビデオが出回り、スターである猪木先生に会いたいと考える。北朝鮮も同じです。
特に猪木先生の師匠である力道山は咸鏡南道(ハムギョンナムド、現在の北朝鮮東部)の出身。プロレスでアメリカ帝国主義者をやっつけた英雄というコンテクスト(文脈)で見られています。張氏との最後の会談相手が猪木先生だったのは偶然ではなく、張氏が「選んだ」と考えていい。外交では何が向こうの琴線に触れるかがとても重要です。
※SAPIO2014年2月号