【書評】『花森安治伝 日本の暮しをかえた男』/津野海太郎/新潮社/1995円
【評者】井上章一(国際日本文化研究センター教授)
『暮しの手帖』という月刊誌は、その全盛期にあって、発行部数が百万をこえていた。なかでも、読者の心をつかんでいたのは、商品テストという企画である。この雑誌は、各社が売りだしている生活関連商品の性能を、真正面から比較検討した。使い勝手、耐用年数などを、ガチンコでくらべたのである。たとえば、どのストーブは火事をおこしやすいかなどを。そのために、わざわざ火災実験用の家屋まで建設して。
企業の商品広告などは、はなから信用していない。その良し悪しは、『暮しの手帖』が消費者になりかわって、見きわめる。この特定企業におもねらない、もちろん広告ものせない姿勢が、読者にアピールした。消費生活の指南役として、重んじられたのである。
なかには、ここまでやることもないだろうという実験だって、なかったわけではない。しかし、そういう度のすぎたところが読者におもしろがられるだろうことも、この雑誌はあてこんでいた。消費生活の向上という建て前だけを、ふりかざしていたわけではない。読者をひきつける編集上の細工にも、けっこう心をくだいていた。
編集をてがけたのは、花森安治。戦後の出版文化史を語るさいには、はずせない逸材である。戦時下の日本にあっては、国策的な宣伝にもたずさわった。「ぜいたくは敵だ!」という標語をひねりだしたのも、どうやら花森であったらしい。そういう戦時下のにがい想い出が、戦後の花森をぶれない方向へみちびいていく。その内面をおしはかるところは、なるほどと思わせる。
だが、それ以上に、私はエディトリアル・デザインの論じられたところを、興味深く読んだ。質実を売り物にした『暮しの手帖』だが、写真のレイアウトは、意外にしゃれている。活字をくむ、その字ならべも、なかなかあじわい深い。著者は、昭和モダンエイジの美学を、その背後に読みとっている。自らも長らく編集者としてあゆんできた。そんな著者ならではの発見ではあったろう
※週刊ポスト2014年1月24日号