偏差値偏重の是正と、大学の序列化解消を目指して1990年にスタートしたのが、現在に続く「大学入試センター試験」である。高卒レベルの学習達成度を測定することは、共通一次と変わらないが、利用教科・科目数は私立大を含めた各大学が自由に選択できる仕組みになった。初年度は国公立大16校・19学部が参加、約43万人が受験した。
この年は団塊ジュニア世代が18歳を迎えた年でもあった。これ以降、1990年代前半に受験戦争がピークを迎える。そんななか、1990年代には早慶など難関私立大で難問・奇問が続発した。大学ジャーナリストの石渡嶺司氏がその理由を語る。
「増え続ける受験生から合格者を絞りこむために出題された。この種のカルトクイズ級の出題は、“甚兵衛レベル”といわれていました。その理由は学習院大の日本史の問題で、『志賀島で金印を見つけた百姓の名前』を問う問題が出題され、“そこまで聞くか”と予備校関係者を驚かせたこと。この百姓の名前を取ったのです」
他にも「日本を初めて空襲した米軍中佐の名前」、「八代将軍、徳川吉宗に抜擢された勘定奉行の名前」といった問題に、受験生は頭を抱えた。
しかしこうした難問・奇問は2005年前後を境に姿を消し、問題は易化を続けているという。原因は団塊ジュニア世代以降、少子化が進んだこと。2007年の18歳人口は、ピーク時の半分近い約130万人にまで減少し「大学全入時代」に突入したためだ。
※週刊ポスト2014年1月24日号