【書評】『ボブという名のストリート・キャット』/ジェームズ・ボーエン/著 服部京子/訳/辰巳出版/1680円
【評者】福田ますみ(フリーライター)
犬や猫にとっての幸せはとてもシンプルだ。お腹を満たす餌と雨風をしのげる寝床、そして、飼い主の愛情があればそれでいい。でも、このどれもがかなわずに、空きっ腹を抱えて路上をうろつく野良の犬や猫がなんと多いことか。この実話の主人公、ボブもそんな猫だったに違いない。
ロンドン北部のアパートに住む著者はある日、アパートの入り口に茶トラの猫が丸くなっているのを見つけた。猫好きの彼が手を伸ばすと、猫はうれしそうに体をすり寄せてきた。しかし、その体はがりがりにやせ、足に怪我をしている。彼は気になったが、猫を拾って面倒を見るだけの余裕はなかった。
ミュージシャンになる夢破れホームレスになってしまった彼は、政府にあてがわれたアパートに身を寄せ、バスキング(路上演奏)をして糊口をしのいでいる。その上、ヘロイン中毒の治療の最中だ。いわば著者自身が、宿なしのこの猫と全く同じ境遇だったのだ。
だが猫は、次の日もその次の日もアパートの入り口で丸くなっている。ついに彼は獣医の元に猫を連れてゆき、傷の手当てをし、去勢もした。おかげで彼の財布はすっからかんになったが、寄るべない者同士、いっしょに生きてゆくことを決心する。
ボブと名付けたその猫は彼によくなつき、毎日、彼がバスキングをするロンドン中心部までついてくるようになった。路上には、犬を連れたホームレスやストリートミュージシャンは珍しくないが、猫となるとまずいない。彼が演奏している間、賢そうな瞳を輝かせておとなしく毛布の上に座っている姿はたちまち注目を浴び、投げ入れられるコインの数はうなぎ登り。すっかり「猫の恩返し」を果たしたボブだが、物語はそこで終わらない。
それまで人間不信だった著者は、ボブを通して善意の人々と触れ合うことで、他者との温かい絆を取り戻し、しだいに立ち直ってゆく。ボブに見守られながら、すさまじいヘロイン中毒の禁断症状を克服するさまは、単なるハートウオーミングな物語を超えている。
本書はイギリスで70万部を突破するベストセラーになったが、彼は印税の大半を寄付してしまい、“ふたり”の生活は相変わらずシンプルだ。ロンドン中心部で、ボブの大のお気に入りは商店や娯楽施設が建ち並ぶコヴェント・ガーデンだという。ロンドンに出かける予定のある人は、そこまで足を延ばせば、ファンからのプレゼントのマフラーを首に巻いたボブと、ギターを抱えた著者に会えるかもしれない。
※女性セブン2014年2月6日号