風光明媚な海岸に見上げんばかりの無粋なコンクリートの壁が延々と続く。その近くではショベルカーが白砂の海岸を掘り起こす──岩手、宮城、福島の東北3県で進む巨大防潮堤の建設現場である。
総延長約400km。東京から名古屋までの距離の海岸をコンクリートで覆うという壮大な計画だが、現代版「万里の長城」ともいえる計画に地元から反対の声が上がっている。
「危険だから住んじゃいかんといわれて、高台に引っ越した。誰もいない場所を守るために防潮堤を造るなら、避難道路を通すとか、ほかにやることはあるだろう」
岩手県田老地区の住民は、建設中の防潮堤を前に憤る。同地区では住民を守ってきた高さ10mの巨大防潮堤が津波で決壊。かつての居住地区は広大な更地のままだ。
気仙沼市の小泉地区でも高台移転で人がいなくなった土地に県内最高の14.7mの防潮堤を建てる案を県が計画、住民が反対している。国や自治体による市民説明会では用地買収を期待する地権者が賛成にまわるなど、小さな田舎町を二分する大問題になっている。
ほかにも反対の声は様々だ。海と陸を分断する無粋なコンクリートの塊に「景観を損なう」「観光業に影響」「水産資源を破壊する」といった批判や「海が見えなくなることでかえって危機感が薄れる」といった防災面での不安まである。
国は「命を守る防潮堤は不可欠」と手綱を緩める気配はない。とはいえ、宮城県塩釜市の4つの無人島に20億円の予算がついた再建計画が露見し、地元でも防潮堤の必要性に首をかしげる。現地を視察した安倍首相の昭恵夫人でさえ計画の見直しを求めるなど、かならずしも一枚岩とはいえない。
巨大国家プロジェクトは、建設計画に“不都合な事実”の隠蔽疑惑まで生む。総工費490億円の岩手県釜石湾口の整備事業に関連して、岩手県が「防波堤に跳ね返された津波は、隣の両石湾に何倍も高くなって押し寄せる」という被害予想を隠していると報じられたが、県は今もこの事実を認めない。
「防潮堤は地域の特徴にあわせて設計しないと、生活や産業に悪影響が出て逆にゴーストタウンを造りかねません。町を防御する方法はさまざまで、防潮堤も標高が高い内陸側に建てるといった柔軟な発想が必要です」(首都大学東京・横山勝英准教授)
総工費約1兆円の巨大公共事業。地元住民からは「誰を守るための防潮堤か」といった声も聞かれた。
撮影■太田真三
※週刊ポスト2014年2月7日号