今オフ、中日ドラゴンズを自由契約となり、巨人へ移籍した井端弘和(38)。昨シーズン前のWBCでは、打率5割5分6厘という大爆発を見せ、大会ベストナインにも選ばれている。しかし、シーズンに入ると、ケガの影響もあり、絶不調に。結局、打率2割3分6厘と低迷した。契約交渉では、球団から80%以上となる大幅減俸の提示を受け、自由契約を選択。巨人へ移籍した。
事実上の戦力外通告とも言える額を決めたのは、監督時代に井端と蜜月関係にあると思われていた落合博満ゼネラルマネージャー(以下、GM)だ。
2004年から2011年までの監督在任中、日本一1回、リーグ優勝4回という輝かしい成績を残した落合氏。その強いドラゴンズの象徴として、井端は存在していた。2005年末、井端は和歌山県にある『落合博満記念館』を訪れ、落合監督、信子夫人とのスリーショットを撮り、館内にも写真が飾られていた。落合記念館に行ったことのあるファンが語る。
「落合記念館は、名古屋から車で5時間ほど掛かる辺境地。記念館に訪れた有名人の写真はありますが、テレビ番組のロケで来た人ばかりです。
だからなのか、落合記念館を訪れた選手の写真なんて、井端さんのものしかありません。オフに、一選手が出向くにはあまりに遠い場所。だから、てっきり師弟関係が築かれていると思っていました。大減俸提示は意外過ぎました」
井端が巨人へ移籍した今、その写真は撤去されたのか――。今年、落合記念館に入館したという前出・ファンはこう話す。
「スリーショットの写真は今もちゃんと飾ってありましたよ。あと、井端選手がホームランを打った時にもらった中日のマスコットであるシャオロンとパオロンも置いてありました。『信子さんへ』とサイン入りでしたね。いずれも2005年のモノです」
昨年、週刊誌誌上で、突然に落合GM批判をぶちまけた清原和博氏のグッズも、引き続き置かれてあるという。
「清原さんと一緒に写っている落合さんの写真や清原さんの手形も、以前と変わらずにありました」(同前)
落合GMは、現役時代から常々「プロは契約社会」と言い続けている。成績の残せないベテランが解雇されるのは、プロの世界では致し方ないこと。井端への大減俸提示は、私情を挟まず、数字だけを見る落合GMらしい選択だったということか。