【書評】『失われた名前 サルとともに生きた少女の真実の物語』マリーナ・チャップマン/宝木多万紀・訳/駒草出版/1890円(税込)
本書は、あらゆる凶悪犯罪が蔓延した1950~60年代のコロンビアで少女時代を送った著者の自伝だが、降りかかった運命は波瀾、数奇、劇的といった類の言葉をいくつ重ねても足りないくらいに壮絶だ。
始まりは5歳になる直前。何者かに誘拐されてジャングルの奥深くに置き去りにされてしまう。驚きと恐怖、孤独と絶望にさいなまれ、しかし脱出が叶わぬと知り、少女はサル社会の一員として生きることを決意する。
見よう見まねで、木の洞や樹上に身を隠し、猛毒を持つ可能性がある派手な色の果物には手を出さず、高い声や独特の動きで危険の接近を仲間に知らせるといった、ジャングルで生き延びる術を身につけていく。少女の中に眠っていた野生が覚醒していくさまは興味深い。
サル社会での生活が終わったのは4、5年後。偶然ハンターに発見されてジャングルの外に連れ出されたのだ。言葉を喋れず、四足歩行で、伸び放題の髪は太股まであったが、〈私は人間だ。人間の世界で生きたい〉という抑えがたい欲求が体の中から湧き上がってきた。
だが、連れて行かれたのは病院でも教育施設でもなく、売春宿だった。売り飛ばされたのである。そこで奴隷のような下働きを強いられ、強姦、売春の危険にさらされ、1年後、脱出する。
だが、逃げ込む先のあてもなく、今度はストリートチルドレンとなり、盗みや物乞いを繰り返す。ギャングに命を狙われたこともある。善意の人の手助けで、著者がようやく平和な人生をつかみ始めるのは14歳になってからだ。
あまりの苛酷さに唖然とするが、そんな人生を智恵と勇気と逞しさで生き延びた少女に感動し、生きる勇気をもらった気分になる。
※SAPIO2014年2月号