16人が立候補した東京都知事選挙。「泡沫候補者」と呼ばれる人たちは、供託金300万円を払ってまで、なぜ出馬するのか。ノンフィクションライターの柳川悠二氏が、都知事選に出馬した金子博氏に選挙期間中に話を聞いた。(文中敬称略)
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泡沫候補は、それなりに日本の未来を思案しているのだが、どうも、いや、かなり現実味に欠く。しかし、時に批判される「売名」の目的は彼らに感じられなかった。そして、荒唐無稽な夢を恥ずかしげもなく口にする彼らに、いつしか親しみを抱いてしまっている私がいるのである。
中でも、命を賭する覚悟で福島から上京してきたのが金子博(84)だった。
元々ホテル業や建設業を営んでいた彼は昨年11月、ステージ4の肺がんに冒されていることが発覚した。がんはすでに全身に転移しており、手術もできない状態だったという。年明けから告示3日前の20日まで、福島の病院に入院し、抗がん剤治療を受けていた。
「困っていると思うでしょ? 何で困るのよ。健康に生きているから、がんに侵されるんだから。選挙中に死ねたら、こんな幸せなことはない。私が都知事になったら、第一に北京、ソウル、台北、そして平壌と姉妹提携都市を結ぶ。第二に、東京で東アジア平和サミットを開催します」
彼は選挙経験の乏しい友人2人と、手配したウグイス嬢の計4人で選挙戦を展開していた。選挙カーに乗り込めばウグイス嬢がすぐにアナウンスを開始し、演説会場に到着すれば真っ先にウグイス嬢が降り立ちビラを配る。
4人の中で誰より選挙戦のノウハウを知っていたのがウグイス嬢だった。テキパキと動くウグイス嬢の傍らで、股関節にまでがんが侵食した金子が、立つことすら苦しそうな姿を見せるのが切ない。なぜそこまでして立候補したのか。
「私の使命は都知事になることではなく、東京を天国にすること。私の考えが伝わって、誰かが実現してくれるのならそれでいい。300万円の供託金も安いものです」
時間がないんです──。彼の公約はさておき、今生を背にした男の叫びが都民に少しでも届いて欲しいと素直に思った。
※週刊ポスト2014年2月21日号