「報道は承知しているが、そのような事実は一切ない」
菅義偉官房長官は1月28日の記者会見でそう答えた。「報道」とは、朝日新聞と東京新聞が同日朝刊で報じた「日朝極秘協議」のスクープを指す。
〈日朝関係筋によると、両政府当局者による秘密協議が、25日から26日にかけてベトナムのハノイで行われた〉(朝日新聞)
〈日本側は横田めぐみさんら拉致被害者の安否に関する再調査を提起したもようだ。これに対し、北朝鮮側は最大課題として重視する日本の植民地支配をめぐる「過去の清算」を求めた可能性が高い〉(東京新聞)
張成沢元国防副委員長の粛清以降、周辺国は北朝鮮外交の再構築に苦慮している。安倍政権の東アジア外交が混迷を極めるなか、日本としては北朝鮮との交渉を成功させることで、局面打開を図りたいところだ。
それだけに、今回の日朝秘密交渉は、安倍政権の外交実績を内外に示す好機であるにもかかわらず、冒頭のように菅氏は会談そのものを全否定。外務省関係者の口も重い。一体、なぜか。外務省関係者が明かす。
「成果をアピールできる材料がまったくなかったんです。それどころか、北朝鮮高官に押されっぱなしだったそうです」
ハノイを訪れたのは日本の外務省から伊原純一アジア大洋州局長ら3人。北朝鮮からは宋日昊(ソンイルホ)朝日国交正常化交渉担当大使らが交渉のテーブルについた。
公安関係者によれば、日朝交渉は最初から北朝鮮ペース。北朝鮮外交官は、こう切り出したようだ。
「(北朝鮮における)遺骨収集事業をはじめ、これだけ日本の要求に応えて尽くしているのに(何の見返りもない)、どうなっているんだ」
終戦前後に現在の北朝鮮領内で亡くなった2万人超の日本人の遺骨がいまも現地に残る。現在、日朝の国交は存在しないが、北朝鮮は日本側の民間団体に渡航ビザを特別に発行。遺骨収集のための入国を許可している。北朝鮮からすれば「感謝せよ」というわけだ。さらに、北朝鮮外交官は声高に日本を非難した。
「あなた方がやっているのはマスコミを通じた(金正恩)体制批判ばかりだ。このままでいいのか!」
こうした北朝鮮側の剣幕に、日本の外交官は押し黙るばかりだったという。
※週刊ポスト2014年3月14日号