俳優の加藤武といえば、金田一耕助の映画シリーズで「よし! 分かった!」と大声で叫ぶ刑事役や、映画『釣りバカ日誌』での鈴木建設秋山専務など、管理職の役柄でおなじみだろう。文学座に所属し、84歳の今も現役で演じ続ける加藤の言葉を、映画史・時代劇研究家の春日太一がつづる。
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加藤武は麻布中学時代に太平洋戦争の敗戦を迎えている。小沢昭一・フランキー堺・仲谷昇といった、後に同じく俳優となる同級生たちがいた。早稲田大学に進学後も小沢の他に今村昌平・北村和夫らが同級生におり、黄金世代といえる。
演出部しか募集はなかったため、加藤は俳優ではなく裏方として文学座に入る。文学座には小津安二郎監督作品などで知られる大女優・杉村春子がいた。
「入ったはいいが、肉体労働ばかりだった。それをやりながら舞台袖から芝居を観ていた。セリフの喋り方とか、体の動かし方とか、全く教育を受けていなかった。それでも俳優をやりたいと意思表示をしていたら、やっと役を与えられるようになった。よその劇団の芝居や歌舞伎を観て、その真似ばかりしていた。酷い時は現代劇なのに歌舞伎のイメージでやったり。
そんな時、杉村さんにピシッと言われた。『あんたの芝居は全て借り物』って。ショックだった。その後も杉村さんにはよく怒られた。それが核心を突いている。あの人は役を、自然に見事に演じている。私にはあれができないんだ。どうしても気負いが見えてしまう。
杉村さんは、迷っていると、すっと手を出してくれる。そんな人だった。
特に言われたのは声のこと。声量があるだけじゃ駄目なんだ。『大事なのは大きい声を出しても、しっかり発音するということ』と言われた。『小さい声で言っても声が通るように』とも。
セリフは覚えてただ喋るのでは、だめだ。役の言葉になるまで何度も喋りこまないといけない。柔軟に喋ると説得力が出てくる。それには、相当に台本を読み込まないとね。
若い頃は二、三日で覚えられたセリフが今は一か月かかる。普段喋っている時は、誰でも身振り手振りも交えながら喋っている。それがセリフとなると一面的な喋り方しかできない。
芝居でも自然に身振り手振りを交えてセリフを言うために、普段からとにかく体を動かすことを心がけている」
●春日太一(かすが・たいち)/1977年、東京都生まれ。映画史・時代劇研究家。著書に『天才 勝新太郎』(文春新書)、『仲代達矢が語る日本映画黄金時代』(PHP新書)ほか新刊『あかんやつら~東映京都撮影所血風録』(文芸春秋刊)が発売中。
※週刊ポスト2014年3月14日号