安倍晋三首相がいよいよ「歴史認識見直し」に大きく踏み出した。日本政府が戦争中に慰安婦を強制連行したことを認め、韓国に謝罪した宮沢政権時代の河野洋平官房長官談話の検証である。首相支持派の自民党文教族議員は高揚感を隠せない言い方をする。
「安倍政権はいま、日本の伝統と文化を尊重する愛国心を養うという教育行政の抜本的改革に取り組んでいる。総理やわれわれは、政府が自虐史観に貫かれた河野談話をそのままにしていては子どもたちが国に誇りは持てないと話し合ってきた。教育改革には談話見直しが不可欠で、ついにこの時がやってきた」
問題は、そうした安倍首相の姿勢は韓国ばかりか、同盟国の米国をいたく刺激していることだ。
米国では知日派のシーファー元駐日大使が早くから安倍政権に「河野談話を見直せば、米国やアジアの中で日本は国益を損なう」と忠告し、ニューヨークタイムズ(電子版)は〈安倍首相の危険な歴史修正主義〉と題する社説(3月2日付)で「彼(安倍氏)は戦争の歴史を歪曲している」と批判している。
リベラル色の強い同紙の主張はもともと安倍政権に厳しい傾向があるにせよ、“極東のナショナリスト”を危険視する視線はいまや世界で共有されつつあるという。日米外交に詳しいスタンフォード大学アジア太平洋研究センター副所長・ダニエル・スナイダー氏はこう警告する。
「安倍政権が政治的な理由から河野談話の見直しをしようとしていることは明らか。歴史の書き換えは世界秩序への挑発に他ならない。4月に訪日するオバマ大統領は安倍首相と安全保障やTPPの問題を話し合う予定だったが、歴史問題は避けては通れないテーマになった。このままでは、ウクライナに軍事介入したプーチンが世界から猛批判を浴びているように、安倍首相も世界で孤立することになる」
まさに安倍首相は米国から「失望した」と言われた靖国参拝の二の舞を演じようとしているのだ。第1次安倍政権で安全保障担当の内閣官房副長官補を務めた柳澤協二・元防衛庁官房長もこう心配する。
「靖国参拝に続く河野談話検証はタイミングが悪すぎる。首相の靖国参拝で一層関係が悪化した中韓に対して、日本が外交上の対話を放棄してしまったと受け取られても仕方がない」
それでも“俺は間違っていない”と我が道を行く安倍首相は、「靖国参拝以降、リミッターが完全に外れてしまった状態」(外務省幹部)であることは誰の目にも明らかだ。その姿は決して、多くの国民には頼もしい総理とは見えていないはずだ。
※週刊ポスト2014年3月21日号