自民党政権の歴史で、米国、中国、韓国との関係が悪化したのは安倍晋三内閣が初めてではない。中曽根康弘内閣の発足当時(1982年)、日米、日韓関係ともに最悪だった。米国では鈴木善幸・元首相の「日米同盟に軍事的側面はない」という発言に世論の怒りが沸騰し、韓国とは「歴史教科書問題」(※注)で関係は極度に冷え込んでいた。それをどう乗り越えたか。
現在95歳の中曽根氏は首相就任後、最初の訪問先に米国ではなく、韓国を選んだ。
「韓国と胸襟を開いて話し合うことが日米関係にも好影響を及ぼすことを中曽根さんは読み切っていた」と語るのは中曽根派大幹部だった村上正邦・元自民党参院議員会長(81)だ。
「訪韓した中曽根さんは全斗煥・大統領に会って韓国語でスピーチし、酒を酌み交わしながら韓国の歌も唱った。そのために、事前に日本の新聞社の韓国特派員経験者から韓国語のレッスンを受けていた。
米国と良好な関係を築くには、日本が東アジアで戦前回帰するような大逆行をするのは好ましくないと、まず日韓関係の修復に軸足を置いた」
この外交判断は成功した。中曽根氏は日韓関係を修復すると、続いて訪米し、時のレーガン大統領とファーストネームで呼び合う、「ロン・ヤス関係」と呼ばれる信頼関係を築いた。
その後、中曽根氏は1985年に靖国神社を公式参拝して中国から批判されたが、韓国からは批判の声はあがっていない。歴史認識問題でも、「韓国併合は韓国側にも責任がある」と発言した藤尾正行・文相を即、罷免して火消しを図るなど、個人的な主張を貫くのではなく、近隣諸国との外交関係を重視した。
しかし、安倍首相は中曽根氏とは逆の外交をやっている。国内のナショナリズムの高まりを背景に日本批判を強める中国、韓国に強硬姿勢を取り、「日米同盟強化」で対抗しようとしたが、米国に「失望した」と肘鉄を食わされたのだ。
中曽根氏や渡辺氏がそんな安倍首相に「大人の外交を知らない」と不信感を持つのは当然だろう。中曽根氏の秘書出身で、第1次安倍内閣の官房長官で自民党憲法調査会の事務局長を務めた与謝野馨・元財務大臣(75)は、こう語る。
「安倍さんは一国の総理で日本国民を代表している。その行動は国内だけでなく、世界各国の評価を受ける。とくに米国は、日本と中国に紛争が起きても介入する余裕はないとわかっているから、靖国参拝などで余計な国際紛争の荷物を背負い込みたくない。安倍政権の中には、そうした米国のサインがわからずに、『失望したのはこっちだ』なんて馬鹿をいう連中がいる。これがいまの自民党の問題です」
【※注】太平洋戦争における日本の植民地支配などの記述を巡って中国・韓国からの反発を受けた。
※週刊ポスト2014年3月21日号